2016(平成28)年5月16日(月)
旧岩崎邸庭園から不忍池を巡りながら
上野界隈の商店街巡りということでアメ横商店街に入ります
これはJR上野駅から降り上野公園を目指したときの写真です
アメ横は東京都台東区JR上野駅~御徒町(おかちまち)駅間の
山手線の高架橋西側と高架線約500mを中心に
約400店が集中する商店街です
商店街の途中から踏み入れました 12:25分
てっきりアメ横かと思っていたのですが
アメ横に並列した上中(うえちゅん)通りでした
私にとっては上中でもアメ横でも大差はありません
大勢の人の流れに眼を見開くばかりです
日本の人口の1割が東京ですから
人の多いのは当然ですね
観光ですからアメ横に入ります
その雰囲気賑わいも見たいものです
アメ横=アメヤ横丁とも
正式名はアメ横商店街連合会
上野公園のこの辺り一帯は
江戸時代は武士の屋敷や町民の長屋、民家が並び池の端と呼ばれた地でした
明治以降も民家や長屋がひしめき合う下町の住宅街でした
第二次世界大戦の東京大空襲により
この辺り一帯は焼け野原となりました
戦後、混乱の中で闇市が立ち並び
当時手に入りにくい砂糖の代わりに芋あめを売る店が多く立ち並び
飴屋横丁と言われていました
また闇市ではアメリカ軍の物資などが売られるようになり
アメリカ横丁とも呼ばれていました
それらが合体し現在のアメ横、アメヤ横丁、アメヤ横丁商店街と呼ばれています
この辺りは正月用の食料を求めごった返すところで
TVやマスコミで年の瀬の風物詩としてよく取り上げられるところです
年末のピーク時には50万人の人で賑わい
通常でも10万人の人を呼ぶ商店街で
2015年のミシュラン、グリーンガイドにも掲載された
活気あふれる商店街です
12:25分 お昼時分です
私は活鮮丼
家内はヒレカツとエビフライ定食 どちらも850円くらいでした
アメ横にはいろんな店が並んでいます
生鮮食品、果物、衣料装飾品、スポーツ品、雑貨、薬店、化粧品店に飲食店
買い物客や観光客、国際色豊かな人の波が絶えません
スィーツのお店です
アメ横の出入り口まで来ました
正面に御徒町(おかちまち)駅前通りの表示が見えます
アメ横を振り返ります 13:10分
私達は上野駅~御徒町~秋葉原とJR二区間
東京駅に向かって歩いています
ここからは御徒町(おかちまち)です
JR御徒町駅南口あたりです
JR高架下ですが最近改装されたばかりのように見えます
高架下の店舗も新しいですね
御徒町は昭和30年代(1955年頃)
時計関係の卸問屋が結成され、以来時計関係
時計バンドや時計の修理店が集まり街を形成していました
以降、時代は時計から副業的に扱っていたジュエリーに需要が変わり
業種も転換を図り宝石の消費増大と相まって
宝石関係の業者が増えてきました
昭和62年(1987)ジュエリータウンおかちまちが設立され現在に至っています
貴金属、宝石、装飾の店が多いですね
JR御徒町(おかちまち)~JR秋葉原間は1kmほどです
高架に沿って店が出ています
何とB1グランプリの店が並んでいます
居ながらにして全国の味が楽しめるのですね
JR秋葉原駅前です 13:45分
終戦後、闇市から発展し
高度経済成長と共に電子機器や電子部品(ハード)やソフトウエアの店舗が
建ち並ぶ世界有数の電気街として発展してきました
当初はジャンク品(故障中古品)とそこから発生した家電量販店が中心でしたが
高度成長期を経ての音楽ブームでレコードやCDの専門店へと
最近では電子ゲームブームの到来で
ゲームショップ、ホビーショップ、アニメショップも目を惹きます
最近ではAKB48が国民的アイドルになっています
AKB48は秋元康により2005年の12月に、この地でi誕生した
女性アイドルグループです
街を歩いているとこんなチラシを手渡されました
秋葉原はアイドル、アニメ、コスプレ、オタクといろんな顔も持っています
秋葉原の光景です
やはり私にとっての秋葉原は電機の街です
外国の方も多いです
色彩豊かな印象です
最後にヤマダ電機でⅠO DATAポータブルハードディスクを買いました
今まで撮りためた写真の保存用です 7980円
上野駅から秋葉原まで見学を楽しみ
いよいよ二泊三日の旅ともお別れです
三日間お天気にも恵まれいい旅でした
二日目にアクシデントもありましたがいい思い出となるでしょう
メロママ&じーじーさん
有難うございました