もふもふにっき(´,,・ω・,,`)

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ウルみゆ、アニメ漫画語りなブログ。

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未来永劫

再びこの世に生を受けた代償として厳しい現実と向き合わなければならないという罪を課された。それを受け入れられずもがき苦しんだこともあった。死んだほうがマシだと思ったこともあった。だが弟が犠牲になってまで生み出されたこの生命をどうしても断つことは出来なかったのだ。いわばどこまでも続く螺旋のような、抜け出すことの出来ない地獄のような場所で葛藤や不安に苛まれながら罪を償わなければいけないと悟った。殺戮を繰り返した自分には相応しいほどに絶望的な世界だ。

「どうしたんですか?エドワードさん」

「…あ、あぁ…いや、少し考え事をさ」

目の前に居る弟そっくりな青年に声を掛けられればナイフとフォークを持つ手が止まっていたことを自覚した。そういえば朝食を取っていたんだと思い出す。考え事と称して話を流してしまえば納得のいかなそうな表情をしたがそれを見て見ぬ振りをする。どこまでが現実でどこからが夢なのかが分からない。彼の名はアルフォンス・ハイデリヒ。容姿だけではなく名前まで酷似しているとはなんとも皮肉なことだ。この世界、ドイツでは自分がよく知る錬金術世界で出会ったことのある人物と容姿が瓜二つなのだが全くの別人というものが存在する。もちろんこちらのアルフォンスも瞳の色が碧い、という相違点付きだ。見知っているはずの人物に囲まれているはずが何故だか強い疎外感が彼を襲う。

「…また、夢の中の話ですか」

「じゃあ先に行ってるな」

鋭い追及を躱すとそう告げて食器の上の物を全て食べ終えたそのタイミングでダイニングテーブルの椅子から重い腰を上げた。ハイデリヒは彼が異世界から飛ばされてきたという特殊な事情をエドワード本人から聞いて知っていた。それだからかこの世界の人間とあまり深く関わろうとしないことに不安視している。ロケット工学を共に学んでいる仲間であるため、そこだけが気掛かりでありもっと頼ってほしいという気持ちがあった。手早く身支度を終えると室内を後にしたエドワードに一人残されてしまったハイデリヒは悲壮感漂う一室で深い溜め息を吐いた。








このようなやり取りは過去に何度も交わしてきたことがあった。ああやって無理に話を遮るとハイデリヒは決まって瞳に悲しげな色を落とす。こうして生活を共にしている仲ではあったが二人には見えない壁のようなものがあり、互いに塞ぎ込んでしまう部分がある。閉め切った玄関先で佇んでいたものの時間の余裕は無く、再び足早に歩みを進めた。

そうして規則正しい足取りで階段を降りていけば下の階で花屋を営むグレイシアへいつものように軽く会釈を交わせばにこやかな笑顔を返された。

「おはよう、エドワード君。今日も遅くなるのかしら?」

「えぇ、まぁ…ここ最近忙しくて」

当たり障りの無い言葉を選んで紡げば心配そうに見つめれた後、再度優しく微笑みを向けられる。

「私はあまり機械のことは詳しくないけれど…貴方逹ならきっと大丈夫よ、頑張ってね」

そう言って送り届けられるも苦笑いを浮かべるしかなかった。どうしてもエドワードには彼女が元居た世界の人物と同一人物にしか見えなかったから。纏わり付く思考を振り切るように背中を向けてその場から立ち去ると賑わいを見せる通りを横目に手掛かりを探るため図書館へと向かった。

こちらの世界に来てからというもの、思い悩んでしまうことが多々あった。錬金術世界のこと、アルフォンスのこと、そして…“アイツ”のことーーー

元居た世界へ戻る方法をがむしゃらに模索するが進展が無いまま二年という月日が経過しようとしていた。ただただ焦りだけが募っていく。目まぐるしく過ぎ去っていく日々の中で希望が諦めに変わりつつあった。

「…俺は一生、このままなのかな」

この世界で一人年老いていき、人生を全うする。何度も考えたことのある戻ることが出来なかった場合の最悪のパターンだ。自嘲気味に笑えばふと足を止めて気持ちとは裏腹に気持ち良い程までに青く透き通る空を見上げた。同じ気候、同じ四季、違うのは少しだけ、薄い色彩。

すれ違う人々の中で視界の隅に見覚えのある人物を偶然捉えた。容姿が瓜二つで漆黒の髪にオニキスのような深い色の双眸。決して忘れもしない、逢いたくて逢いたくて思い焦がれて仕方がなかった人物。すれ違う様はまるでスローモーションのように流れた。鼻腔を擽る香水の香りも当時つけていたものに酷く類似している。こちらの世界の“アイツ”も好みは一緒らしい。

「……大、佐…?」

無意識の内に唇から階級が自然と漏れていた。我ながら未練がましいと思う。ここの所、根詰めていたため都合の良い幻覚なのかもしれない。もしかしたら未だ夢の中から抜け出していないのかもしれない。それでも良い、なんとかして引き止めなければいけないと強く思った。あと一秒、あと一秒、と祈るような思いでどうか夢から覚めないことを願う。

「大佐っ!!」

想いのまま駆け出して行くと咄嗟にその腕を掴んだ。その衝撃に男は振り返ったものの少年の顔を見るや否や怪訝そうな表情を浮かべる。

「…タイサ?誰だそれは…人違いだな。生憎だが私は先を急いでいるんだ」

「…っ、!」

無残にも切り捨てられた言葉に悔しそうに喉奥で短く唸った。思わず怒りで掴む腕の力を強めるも別人だということを漸く理解すれば虚しさを覚えてしまう。僅かな希望をかけて引き止めてしまった自分の浅はかな行動に嫌気が差した。

「……悪い、アンタの言う通り人違いだったみたいだな…忘れてくれ」

そう言って掴んでいた手を離せば力無く腕を下ろすと伏し目がちになった。ヒューズと出会った時も思わず階級で呼んでしまい、不思議そうな顔をされたのを覚えている。

今ならまだ間に合う。このまま人違いでしたと白を切って立ち去ってしまえば特別男の記憶に残ることも無いだろう。この男と出会ったことはそっと自身の胸の内に留めておけばいい。一般市民に紛れ込むためにはそれが一番自然で一番普通だ。これ以上、深入りはしてはいけないとそう頭では理解しているのに情報伝達経路が上手く働かずどうしても両足はその場から動かない。

「…君の名はーーーエドワード、であっているかな」

考か、不孝か。男は気が変わったのか先程は人違いだと切り捨てたのにも関わらず何故か言葉を投げ掛けてきた。予想もしなかった言葉を。

「…な、んで……俺の、名前を…っ、」

一字一句間違いの無いファーストネーム。動揺のあまり何度も言葉が途切れてしまう。変わらない声色が心地好く鼓膜を震わせれば弾かれたように顔を上げるも目の前の男は戸惑っているエドワードとは対称的に瞳を細める。

「知り合いに君とよく似ている人物を知っていてね、まさか名前まで同じとはドッペルゲンガーか何かか?」

茶化すように言うも少年の表情は晴れることはない。見覚えのあるその含み笑いは悲しい程に“アイツ”を思い出させる。それにより眉間に刻まれる深い皺が増えた。

「……俺だけが名前を知られてるなんて癪だ。アンタは?」

「…ロイ、だ」

(ーーー本当は聞かなくても知っているんだ、全部。サボり癖がある所も、料理が下手な所も、不器用な所も、)

吐き出したい言葉を飲み込めば代わりに垂れ下がっている掌にぎゅっと力を込める。

予想はついていたものの懐かしいその響きに自然と口許を緩めた。何気無く男が大事そうに抱えている花束が視界に入る。その焔の如く深紅の様に此処とは違う異世界で生きているロイを思い出し、一人ほくそ笑んだ。

「俺もさ、さっきは人違いだって言ったけど知り合いに似てたから声を掛けてみたんだ。…名前まで一緒なんておかしな話だよな」

本当は運命でも偶然でも無い。錬金術世界とは別世界の此処で生きている姿を何人も見てきた。だからいずれはこの世界のロイにも出逢うだろうと思っていたからだ。

「君のほうもか。このような不思議な巡り合わせもあるものだな」

「…もしかしてそれって恋人に送るもんな訳?」

朧気な記憶だが幼い頃に幼馴染みに聞いたことがあった。薔薇の本数で花言葉が変わると。

「ーーーああ、金色には赤がとても似合う」





一九一六年、九月二日。

あの日、ロンドンでツェッペリン社のドイツ軍飛行船十四機による空襲が行われていた。飛行船墜落により街は火の海と化した。その事故は大々的に報じられ、死者は数百人を越えたとも数千人を越えたとも言われている。

その中にも「エドワード」の名前もあった。

九月二日には毎年、とある墓石前には十一本の薔薇の花束が添えられる。


最愛の意を込めて。