私どものお仕えするこのお屋敷には「うろこの家」という名前がついています。
どうしてこの場所がうろこの家と呼ばれているのか、先輩のメイドから伝え聞いたことを少しお話しようと思います。
昔々、今から100年ほど前、ここより遥か西の港町に立派なお屋敷が建てられました。
白い枠の大きな窓と、お城を思わせるような筒状の高い塔。外壁には天然の石材がレンガのように重ねられており、その美しい模様が魚のうろこの様に見えることから、人々はその邸宅を「うろこの家」と呼ぶようになりました。
先代の大旦那様はたいそうそのお屋敷を気に入っておられ、止むに止まれずお住まいを名古屋に移されたとき、新しいお屋敷にもう一度同じ名前を付けられたそうです。
今のお屋敷がある場所は海沿いではありませんが、窓を開けると、ときおり潮風の匂いを感じることがございます。
窓を開けた瞬間鼻先をかすめる、懐かしく優しい香り。
そんなとき私は、今も西の街のどこかに古いお屋敷があって、白い枠の大きな窓は新しいお屋敷の窓と繋がっているのではないかと考えてしまうのです。
大旦那様の愛した美しい家。
家もまた、大旦那様やそのご家族を愛していたのではないでしょうか?
「お帰りなさいませ」「行ってらっしゃいませ」とご主人様に声を掛けるとき、きっとお屋敷もそう言っているのです。
私にはそう思えてなりません。