アニメに限らず、ドラマでもゲームでも小説にも言える
ことだが、結局、そのアニメをおもしろく感じれるだけの
何かを自分が持っているかどうかがアニメ評価のポイ
ントとなるということだ。
感動するアニメなら、どれだけ多くの人が感動してよう
とも、感動するにふさわしい感受性や人生経験がなけ
れば感動しない、もしくはそこそこの感動で終わるので
ある。
キャラ萌えが売りのアニメなら、キャラを魅力的に感じる
ことのできる感受性や人生経験を持っていないことには
どうしようもない。
難解なアニメなら理解力が必要だ。
ノリを楽しむアニメならそのノリを楽しめる心をもってない
ことにはどうしようもない。
バトルを楽しむアニメならその作品のバトルシステムに
心踊る感受性がないことには楽しみようがない。
ギャグを楽しむアニメなら笑いのツボが合ってないと寒く
なるだけである。
だが、同じテーマを扱ったアニメでもテーマの描写が大
味なものと細かいものがあると思う。大味なものを好む
人もいれば、細かいものを好む人もいるのである。
それもやはり感受性の違いだろう。大味なものはわかり
やすくて印象に残りやすいだろうし、細かいものはわかり
ずらくて設定の細かさゆえに人も選ぶだろうがストライク
したときの印象は大きいのである。
より多くの人に、より大きな感動や楽しさを与える作品が
良い作品であることは否定しない。だが、その作品が自
分に感動や楽しさを与えるとは限らないのだ。
絶対に感動する(楽しい)なんてことはまずない。だが、
感動しなかった人を世間とズレていると評価することは
できる。
よく、見ないと損する作品なんて言うが、好みなんて人
それぞれだから、そんなことが言える作品はそうそうな
いと思う。
極端な例で言えば、腐女子向け作品を腐女子じゃない
人に薦めてもしょうがないし、腐女子にウケる要素のな
い作品を腐女子に薦めてもしょうがないということだ。
以上のことから、軽々しく作品を悪く言うべきではない
し、持ち上げすぎるべきでもないということが言いたい
のですよ。