子育ての真っ最中であるけれども、「うちの子なんて~」という表現には本当に気を付けなければいけないとおもう。
でもさらっと出てしまう。
本当に、なんて情けない。
そんなことも出来ない子供に育てたのは自分のだ。
この言葉が子供に与える影響へ絶大だ。
身を持って知っているはずである。
私が幼い時「のろま」と言われた。
私はその時酷いとか悲しいじゃなくて、ああ私はのろまなんだ。と、飲み込んでしまった。
仕方ない。
「のろま」の意味もやっと覚えた年の頃。
その言葉が良いものか悪いものかも分からず意味だけ教えられる。
「他の人より遅いってことだよ!」
そうか、
みんな私より早いし、私より出来る。
やがてそれは劣等感にかわっていく。
小学生になった頃には、先生はみんなの指揮者で、私なんかが個人的に時間を頂戴するのは申し訳ないと思っていた。
同級生にも私なんかから話しかけてはいけないと思っていたし、
あだ名で気安く呼ぶのも許されないと思っていた。
優しくされても遠慮が一枚歯がゆく挟まる。
人から見ると孤独ではないのに、実際は孤独だった。
大人になったら自分よりのろまな人は沢山いるし、
倍も歳が離れた人の粗を探して文句言ってるのにね。
あのおかしな劣等感さえなければ、もう少しだけ社交的だったのかな。
ネガティブな私がどこまでできるのか分からないけど、子供には楽しいと思える今を過ごしてほしい。
他人はどんな育ち方をしたのか気になるところ。