自己破産後、住んでいたマンションを引き払うことになった。
私が10代後半から20代後半まで過ごした家。
母がこの家賃を払うことは不可能だ。

そしてこのマンションが最初のゴミ屋敷だった。
すでに書いた最初のゴミ屋敷もさることながら、
何しろ部屋数があるものだから、ゴミの数も凄まじかった。

ゴミの日だけではさばけないため、
私が住んでいたマンションのゴミ置き場までせっせと運んでさばいた。
捨てても捨ててもゴミは減らない。これは捨てたくない、これは持って行く、と

捨てようとしないのだ。(ゴミ屋敷を作る人はたいていそうなのでしょうが)

私も妹も仕事があるから、24時間一緒に作業することは出来ない。
それが不満だといい募る母。
もうこれ以上やってられないよ、と捨て置くと、
仕方なく、友人たちに手伝ってもらったようだ。

私も面識のある母の友人が

「ママも寂しいのよ。ママをほめてあげて。

頑張ったね、って言ってあげたら、それだけでママも救われるから」

と、言われて言葉をなくす。

寂しいのは母だけでなく、私も妹も寂しかった。

ほめてくれなかった母のために、自分の時間やお金も全部使い、

それでも棄てきれないから、こうやって向き合っているのに。




自己破産することになった、と母から電話があった。

「でももう弁護士さんに払うお金がないの。50万円貸して」

電話の向こうで嗚咽している母に、こちらも消沈するのと同時に、
まだ金かかるのか……と思いつつ、

これで一段落つくのだ、母だけでなく、私たちもやり直すのだ、と思うと、
少し気持ちがラクになったのを覚えている。

担当の弁護士さんは、30代くらいの若い女性らしい。
てきぱきと手続きを進めてくれ、


まずカード会社からの催促電話や督促状がぴたりと止む。

これは精神的にラクになり、家族全員で胸をなでおろす。


しばらくして、弁護士さんから電話があり、たまたま家にいた私が話した。
母の借財は免責され、手続きが完了したことを簡潔に報告してくれた。


「ご家族も大変でしたね、もう大丈夫ですよ」、という彼女の言葉に、


「これから私と妹で、どうやって母を支えていったらいいんでしょうか…」と、

思わず私も吐露してしまう。

しかし、それに対して彼女の返事は予想を反したものだった。


「お母さんを扶養する義務はあなたや妹さんにはありません。

これからはご自分たちの人生を生きてください。
お母さんがこうなったのは、お母さんの責任なんですから」

この一言にどれだけ救われたかわからない。


でも、もちろん、まだまだ母はやらかしてくれるのだけれど。





こうなると、運営資金だけでなく、生活費にも事欠くようになる。

私に5万貸して、10万貸してが、50万貸して、100万貸してになり、

妹にはカードローンをさせて凌いでいた。

ガス代の1万円がないので貸してくれと電話があった。
1万渡してどうなるものでもないので、当座の生活費として、母に5万円を渡す。
翌日、妹からの電話で、昨日母に渡した5万円の行方を知って愕然とする。

「ママ、お姉ちゃんに顔向けできないって言って泣いてる。
昨日お姉ちゃんからもらった5万円、落としちゃったんだって」

どうにもならない時に、こういうことを起こしてしまう母に、
ふつふつと怒りが込み上げてくる。
どうして?どうしていつも私たちを困らせるのか。

それでも会社は閉めないと言い張ったけれど、終わりはあっけないほど突然やってきた。
パーティ告知を乗せていた雑誌への支払いがショートし、告知をもう掲載できないと通告されたのだった。広告を掲載できなければ集客はできない。母は会社を閉めた。

妹には100万ほどのカードローンが残り、私は500万ほどあった貯金が残らず消えた。
母の妹、伯母から再度借りた1000万、私が子どものころ近所に住んでいて家族ぐるみの付き合いがあったSさんからの1000万も焦げ付いていた。
母は自己破産した。