目次
がるる「早くー!」
ユッコ「待って!」
がるる「急げ急げ!」
ユッコ「待ってよがるる!早ーい!」
がるる「ああ!」
ユッコ「ねぇて言うかさ、何持ってんのそれ?」
がるる「これ?想い出。想い出まじ、まじ重いで!」
さおり「グッチは?」
ユッコ「置いてきた。水運んでる」
さおり「手伝ってやれよ」
ユッコ「やだよ、すぐなんか語りだすから」
がるる「終わったね」
ユッコ「あ、いいんだそれも、台本」
さおり「あぁ… いいんだって」
昨日、私たちの1年が、唐突に終わった。
グッチ「おれ…おれは…ぜ…ぜ、全然負けた…とは思ってない!」
がるる「お前が言うなよ」
グッチ「でも!しょうが…しょうが…しょうがぁぁぁぅぅ…しょうがぁぁぁぁ…しょうがないよな!ぅぅ…色々見方はあるから、な!演劇には!三年生は、この結果をじ」
杉田先輩「でも!負けは負けじゃないですか!…負けは負けです」
泣きたかったのは、きっと杉田先輩のほうだ。
「荷物搬出終わりました!」
杉田先輩「よし、お疲れ様でした!」
この人が部長だったから、私たちはやってこられた。
部員「お疲れ様でした」
杉田先輩「片付けしよっか」
「先生お願いします」
「県大会、もっといい芝居にしましょう!」
「はい!」
「お疲れ様でした」
「お疲れ様でした!」
「撤収」
「はい!」
がるる「違うね、優秀な学校は」
さおり「うん…」
「ほら、みんなもそう言ってるだろ。胸を張っていいんだぞ、中西」
ユッコ「さおりでいいんじゃない?」
がるる「いい!それいい!」
さおり「何?」
がるる「部長部長!次の!」
さおり「ああ…は?」
がるる「いやわたしバイトあるし」
ユッコ「私も受験あるし」
さおり「受験はみんなじゃんかよ」
ユッコ「じゃあ、さおりでいいと思う人?」
がるる&ユッコ「はーい!」
さおり「ちょっと何それ!」
ユッコ「はいけってーい」
さおり「決定じゃないよ!」
がるる&ユッコ「イェーイ!」
ユッコ「よっ!部長!」
さおり「無理無理無理」
がるる「いよっ!」
ユッコ「みんなみんな!部長決まったよ!」
さおり「ねぇやめてほんとに」
2年「わあ!誰ですか!」
がるる「部長!お願いします!」
2年「え、さおさん?さおさん?」
ユッコ「さおり」
2年「おめでとうございます!」
さおり「いやまだ決まってないから!」
グッチ「火ダメだ!火ダメだよ!顧問立ち会い!先生いなきゃ火つけちゃダメだって!」
がるる「遅いよ!」
グッチ「置いてくな西条!」
がるる「遅いんだよ」
グッチ「部長誰に決まった?」
さおり「まだ決まってないです部長」
ユッコ「高橋です」
グッチ「高橋、部長、頑張れよ!」
さおり「いや頑張れないよ」
がるる「部長カンチョー!」
グッチ「部長、カンチョー… カンチョーはもう… 校則違反!ダメだ!
さおり「ねえちゃんと決めよ、もう一回」
部長「部長頑張れよ!頼んだ!」
さおり「ねえ先生!」
がるる「よろしくお願いします!」
グッチ「お前しかいない」
2年「お願いしまーす!」
がるる「部長カンチョー!」
グッチ「カンチョーは校則違反!ダメだ!先生はカンチョーしちゃダメだ!」
グッチ「部長は高橋がいいと思う人?」
部員「はーい!!!」
高校演劇は厳しい。
例えば野球なら夏と秋、それから春。1年に何度も大会があるけど、
演劇はたった1回。
夏から準備して秋に1回だけ1時間のお芝居をして、よく分からない審査員によく分からない審査をされて、気に入らなければそこで終了。負けた学校には優良賞というよく分からない賞が渡されるけど、それがむしろ残念賞みたいでキツい。
さおり「高橋です。部長をやることになりました。」
がるる「いよっ!」
さおり「じゃあ柔軟します」
がるる「いや待ってよ!ちょっと…ちょっともう、なんかさ、ほら、なん、何かないの?もっとあるじゃん、こう…意気込みみたいのさ、ほら!」
3年生が抜けた演劇部は、2年の私、ユッコ、がるる、そして1年の明美ちゃん、ムラ、高田、ナリさんの7人になった。
さおり「なんか、大会の後の空気?が微妙だったんで、なんとかそうならないように、頑張り…ます。じゃあ柔軟から!」
がるる「いやちょっと待って!えそれはさぁ、もうあんなに泣いたりしませんってこと?」
さおり「え?」
がるる「ぅふっ!おれは…おれはぁ…しょうが…しょうが…ヤダ!ぅっヤダ!」
さおり「グッチ関係ないから」
がるる「反乱だ!」
さおり「いやだってムカつくじゃん。順位はつけるくせに、頑張ったからそれでいいとか言うんだよ?分かんないよどっちなんだよ!大体いらないんだよ優良賞なんか。参加賞じゃん。てか、負けたら嫌なの!勝ちたかったの私は!…あれ、違う?」
ユッコ「違わない!全然違わない!いい!」
さおり「どうも。じゃあ、柔軟から」
部員「はい!」
がるる「じゃバイトだから!じゃーねー!」
さおり&ユッコ「おつかれー!」
さおり「働くね~がるるは」
ユッコ「クリスマスもお正月もびっしりだって!」
さおり「えぇ~」
ユッコ「偉いよ。さおりは?」
さおり「冬休み?なーんも。ユッコは?」
ユッコ「家族でハワイ!」
さおり「フーゥ!」
ユッコ「来年の今頃は受験地獄だからさぁ」
さおり「なんだよ金持ちが」
ユッコ「良かったよ、今日のさおり」
さおり「えぇそうかぁ?」
ユッコ「頑張る私。頑張ってあと1年、いーっぱいさおりと演劇やる!」
さおり「うん」
ユッコ「まあ正直、さおりでもがるるでもどっちでも良かったんだけどさ~。ほんと正解だったねさおりで!」
さおり「はぁ?」
ユッコ「部長!見る目ありすぎじゃない?私。ついて行きますよ~部長!あ、パパだ!おーい!」
さおり「全然喜べないよ…」
橋爪父「どう"も"~」
ユッコはお姫様だ。小学生の頃からそうだった。
でも、そんなユッコが私は大好き。だって、この子が舞台に立てば、それだけで世界が明るくなるような、そんな不思議な魔法を使うから。
ユッコ「バイバーイ!」
さおり「バイバイ」
ユッコみたいな子を、"女優"って言うんだろう。
じゃあ私は… 何だ私は…
高橋弟「はい終わったー。んじゃ行ってきまーす」
高橋母「行ってらっしゃい!」
高橋父「行ってらっしゃい」
高橋弟「はーい」
高橋母「気をつけるのよ」
高橋弟「はーい。行ってきまーす」
高橋母「来年の今頃を考えると、母さん気を失いそう」
さおり「なに急に」
高橋母「進路よ!どうすんの進路!いつまでもポヤポヤポヤポヤあんたは~」
さおり「ごめん今漫画読んでんだわ」
高橋母「ほらこういう言い方すんのよお父さ」
高橋父「行ってくるー」
高橋母「ちょっとお父さん!」
高橋父「考えてるよあいつだって馬鹿じゃないんだから!行ってきます」
高橋母「そうとは言い切れないから心配してるんでしょ!」
さおり「うっさいなぁもう」
さおり「もしもし!お疲れ様です高橋です!」
さおり「写真?」
杉田先輩「そう!オーディションに使うの」
さおり「先輩、大学に行くんじゃ…」
杉田先輩「行くよ、受かればだけど。これは、その後の話。やっぱり辞められないんだ、演劇。…内緒ね、親にも行ってないから。東京で、プロのオーディション受けて、実力試して、経験積んで、最終的には自分の劇団を作る!そこで、作家をやるのが私の目標。だって、他じゃ味わえないからさ、あんな感覚!自分の世界が、目の前に出来上がっていくの!それを、お客さんと一緒に見てる自分を想像するとさ…ふふっ、たまらないよね!頑張らないと!」
ごめんなさい、先輩。私はこのとき、少し別のことを考えていました。
将来の目標、自分のイメージする世界、驚くほど浮かんでこないんです。私の世界は、どこにあるんでしょう。
さおり「ていうかいいんですか?こんな重要な写真、私なんかが」
杉田先輩「勿論。私が知ってる中で、たぶん1番私らしく撮ってくれると思うから、さおが」
そして3学期、恐れていた時がやってきた。
グッチ「はいこれ、新年度のスケジュール。とりあえずは4月の…新入生オリエンテーションだな。いっぱい入れろよ!新入部員!」
がるる「先生!一緒に考えないんですか?何やるか」
グッチ「それはお前…部長が決めるもんだよ。思うようにやりなさい。自由だからね、芸術というのは」
おのれグッチ
グッチ「ん?」
さおり「いえ…」
三宅先生「うわ!なに??」
がるる「蕎麦!」
ユッコ「蕎麦ぁ?」
さおり「…んあああ」
ユッコ「ああ!さおり!」
さおり「ああああああああ!!!」
がるる「待って!」
ユッコ「待ってよ!」
さおり「でーきなーいー!!!」
がるる「ちょっとぉ!」
さおり「あぁ…どうしよどうしよ…」
さおり「ごめんなさい!」
中西さん「すいません」
さおり「すいません…」
中西さん「ありがとうございます」
手にしたことも無かった。で、その気になった。
さおり「ファイトー…」
部員「オー!おぉ…」
「続きまして、演劇部による、シェイクスピア"ロミオとジュリエット"より、抜粋です!」
さおり「争いの絶えない家に生まれた、モンタギュー家の息子ロミオと、キャピレット家の娘ジュリエットの、愛の物語」
ユッコ「おおジュリエット!僕の魂よ!」
明美ちゃん「おおロミオ、ロミオ!どうしてあなたはロミオなの?」
ユッコ「塀なんか恋の翼で、飛び越えました!」
ユッコ「愛してくれないのなら…見つかって殺されてもいい!」
がるる「今夜の警備は、特別に強化せねば!」
明美ちゃん「おやすみなさい!」
ユッコ「おやすみ、ジュリエット」
高田「先輩、出番ですよ!」
さおり「…へ?」
高田「先輩!出番ですよ!」
さおり「あ!ごめん」
さおり「この先に待ち受ける悲劇を… まだ、誰も知らない…」
がるる「せめて黙って見てりゃいいのにね」
さおり「失礼します」
がるる「失礼しまーす!」
吉岡先生「あ、はーい!」
がるる「あの!演劇部なんですけど、今日ここで練習させてもらうことになってるんですけど」
吉岡先生「ああ、ロミジュリの!」
がるる「…え?」
吉岡先生「今日、ロミジュリ。ロミオとジュリエット… シェイクスピア」
がるる「はい!」
吉岡先生「ね。ていうかノマドなの?」
がるる「え?」
吉岡先生「放浪!稽古場、無いんだ(笑) 専用の部屋。小劇場みたいだね。…ああごめん、いい。新任の吉岡です。よろしくお願いします。」
3人「お願いします…」
2年「さお先輩!」
さおり「ん?なに?」
2年「えっと…だから…その…ね、あ、だから…だいほ…」
がるる「なんだなんだ~?」
明美ちゃん「あ、台本…ね、どうするのかなって、これから」
さおり「大丈夫だよ。そのへんは追々考えるんで。ごめんね心配させて」
2年「あ、いえ全然そんな…」
がるる「よし、やりますか発声!」
2年「はい」
どうすればいいんだろう。
ユッコ「あ~お腹すいた。ねぇ空かない?お腹」
さおり「うん」
ユッコ「あ、じゃあなんか食べて帰ろっか!コンビニ寄っちゃう?」
さおり「任せる」
悲しいとき、優しくされると逆に不貞腐れてしまうこの性格を直したい。
ユッコ「ていうかグッチずるいよね。美味しいときだけ顧問ぶってさ」
ダメだよユッコ、それ以上慰められたら… あやばい、泣きそうだ。ダメだ、泣くな。泣くな、泣くな。
さおり「ごめん!」
ユッコ「え?」
さおり「…忘れ物。先帰って」
ユッコ「え待つよ?」
さおり「いい!」
生徒「そしてカンパネルラは、丸い板のようになった地図をしきりにぐるぐる回して見ていました。まったくその中に、白く表された天の川の左の岸に沿って、一条の鉄道線路が、南へ南へと辿っていくのでした。
この地図はどこで買ったの?黒曜石で出来てるねぇ。ジョバンニが言いました。
銀河ステーションで貰ったんだ。君、貰わなかったの?」
滝田先生「はいはいはい。はい、じゃあ読んだ感想を」
生徒「え?ええ~!え、よく分かりませんでした(笑)」
滝田先生「はいはいはい。まあ、こういう表し難い何かを言葉にしてみせるのが、作家の仕事なんでしょう。書いた本人すら、よく分かってなかったのかもしれない。
実際この銀河鉄道の夜も何度か、結末が書き換えられています。ま作家意外にも、画家は色や形で、音楽家は音で、このよく分からない何かを我々に、示してくれます。
ただこれ、誰にでもできるわけではないようで、できるのは、天才と呼ばれる人だけなのかもしれません」
がるる「2年は?」
ユッコ「ん?説明会。修学旅行の。なんか遅れてくるって」
がるる「いいなー。2年が1番いい」
今なら言える。
ごめん、私辞めたい。
…よし。
さおり「ねえ、ちょっといい?」
吉岡先生「あ、いた。ちょっといい?」
ユッコ「肖像画…ですか?」
吉岡先生「そう。他所の高校が使った手法なんだけど。シェイクスピアも悪くないんだけどさ、君たちならこういうのもアリなんじゃないかなーって。ね?」
この人は、一体何だ?
吉岡先生「どう?チャレンジしてみたら」
がるる「先生詳しいんですか?演劇」
吉岡先生「全然。何でもいいのよ自分のことだったら。それを、1人ずつ作って、繋げて、ひとつの作品にするの。そんなに難しくないでしょ、自分のことなら」
簡単に言わないでよ。
吉岡先生「ほら、今1番気になってることとか、興味のあることとか」
それが分かれば苦労しないよ。
吉岡先生「あと…そうだな… 今思ってること、感じてる」
さおり「じゃあ先生ならどうやってやるんですか?」
吉岡先生「え?」
さおり「先生なら。やって見せてください」
ユッコ「さおり」
わかってる。こんなのただの八つ当たりだ。でも…
吉岡先生「え?今?」
さおり「簡単なんですよね?見せてください」
ユッコ「さおり!」
ごめん止まんない。最悪だ。私は最低。
吉岡先生「分かった」
さおり「え?」
吉岡先生「試しにね」
吉岡先生「私の母は、真面目な人です。母は、ん?母も、だな。母も、教師です。国語教師。今も現役で、少し離れた町で、中学生を相手に国語を教えています。毎朝同じ時間に起きて、同じ時間に家を出て、同じ時間に帰ってくる。そんな母が、子供の私によく絵本を読んでくれました」
なんだこれは。
吉岡先生「あぁ、あれってどうなんだろうね?やっぱり国語の先生ってみんな本を読むのが上手なのかな?そういうもん?…分かんないか。何しろ母は本を読むのが上手でした。母が示して見せてくれた世界は、どれも魅力的で…」
新人の、美術の、ちょっと変な先生が突然目の前で姿を変えた。
吉岡先生「青い眼のキツネと遊んだり…
とてもじゃないけど選べなかったけど、いやぁそもそも勝ち負けじゃないわよ美佐子さん、なんて怒られそうなんだけどね。」
窓から差し込む明かりに照らされたその人は、綺麗で、大きくて、まるで神様のようだった。
吉岡先生「魔法の国の、心躍る冒険譚、残酷な童話も…
それを私も…私じゃない誰かにね、私じゃない…これから飛び出していく誰かの目の前に、広げられたら…」
吉岡先生「はぁ~ ダメだ。やっぱ正解だな辞めて」
がるる「やめて?」
吉岡先生「なんでもない。じゃあ、家族は?テーマ。テーマ絞れば考えやすいでしょう。テーマは、私と家族。…ま、無理にとは言いませんので」
ユッコ「ねぇ明美ちゃん、吉岡なんだっけ?」
明美ちゃん「吉岡先生は…」
がるる「吉岡…ミサコじゃん?ねえ!」
さおり「何どうした?」
がるる「美しいに、そうそうにんべんの佐」
明美ちゃん「ほら!」
がるる「出た!吉岡美佐子!」
ユッコ「やってたんだ演劇!」
がるる「しかも見て、学生演劇の女王だって」
部員「え!すごい!」
神様の正体は、女王様だった。
さおり「お願いします。お願いします!」
吉岡先生「ああ、一回座ろう!」
さおり「お願いします!」
吉岡先生「いやちょっと、あぁもう、ね!ね、ね!座ろう!座ろう、はい」
さおり「お願いします!」
吉岡先生「てか、なんで知っちゃった?」
さおり「ネットで。演劇の女王なんですよね?」
吉岡先生「えぇ、だいぶ膨らんでんなぁ。いや確かに、やってはいたよ。やってはいたけど、どうにもならなかったからここにいるわけで。色々あるんだよ新任だから、やること。第一」
さおり「でも教えてくれたじゃないですか、肖像画!」
吉岡先生「あれはなんて言うか…お節介?第一ほら、いるじゃん!あぁ~誰だっけほら」
さおり「グッチ。溝口」
吉岡先生「呼び捨てよくないよ」
さおり「いいんです、あんなの」
吉岡先生「あんなのって…」
さおり「女王様」
吉岡先生「ではない」
さおり「分からないんです」
吉岡先生「何が?」
さおり「どうしていいのか」
吉岡先生「何を?」
さおり「何もかも」
神様に懺悔するってこんなかんじか。
吉岡先生「…じゃあ、なんでやってんの?演劇」
さおり「…え?」
吉岡先生「辞めればいいのに、それなら」
さおり「…や、でも…なんて言うか…でも」
吉岡先生「あぁ~ごめん、言いすぎた!ごめんごめん。…顧問は、無理。」
神様は、意外と厳しい。
吉岡先生「…でも、見学なら。稽古場見学?なら、行っても、いい」
がるる「ぃやったあ!」
吉岡先生「ちょ、え… 見学ね!見学だからね!」
明美ちゃん「お父さんはすごく嬉しそうに、お弁当を受け取ってくれました。油汚れが私につかないように気をつけながら。
“ありがとう明美!気を付けて帰るんだよ”
気がつくと目の前に、油まみれの手がありました。私はその手を、そっと握りました。初めて、ぎゅっと握りました。その手の感触や温度、私の手が覚えています。これが、私とお父さんとの想い出です。」
がるる「はい!次いきます」
がるる「おじいちゃんおじいちゃん!テスト返してもらったよ!
“はぁ~いっぱい書き込んでおるなぁ~。すごいすごい。…って0点やないか”
おじいちゃんおじいちゃん!服は?何着てったらいいの?髪型は?メイクは?もう1人じゃ考えらんないよ!
おじいちゃん?ちょっとそのまま寝ないでよ!
ね~んねん~ころ~り~よ~おこ~ろ~り~よ~
…はい!以上!」
がるる「はぁめっちゃ緊張したぁ!」
グッチ「何だよお前ら凄いよ、何だよええ?!」
がるる「なんでグッチいんだよ」
グッチ「顧問だからさ!」
ナリさん「吉岡先生が来たからだよ」
明美ちゃん「ねねねねねねね、どうだった?」
でも結局、お父さんの手がどういう感触だったかよく分かんなかったな。いい事ばっかりでいいのかな。
グッチ「いや~ほんとに。俺もお前のお父さんに生まれてくれば良かった!なあ!お父さ!ハッハッハッ」
がるる「ねぇどうだった?」
さおり「あ、うん良かった。でもいいの?」
がるる「え?」
さおり「お母さん的に」
がるる「あぁ、いいの!母子家庭は母子家庭だし。」
だからがるるは凄いんだ。この子が落ち込むところなんて見たことがない。
でもなんでだろう。言葉が入ってこない。
グッチ「いかがですか?吉岡先生」
吉岡先生「あぁ、はい。とても良かったと思います。溝口先生、“弱小”なんて仰ってたけど、全然」
がるる「弱小?!」
溝口先生「ばか!謙遜しただけだ…」
吉岡先生「ただ、西条さんは、もう少し動きを減らしてもいいんじゃないかな。動かない分、言葉がしっかり届く気がする」
がるる「はい!」
吉岡先生「あと加藤さん、お父さんの本当に嫌いなところってある?いいとこばかりじゃお父さん照れちゃうよ。嫌いだけど、大好き。そういうことなんじゃないのかな、実際は」
私と同じこと思ってる。
ユッコ「ねえ次の班いっていい?」
吉岡先生「あら、可愛いじゃん橋爪さん」
ユッコ「ママが買ってくれたんです」
空気が変わった。やばい、楽しい!
がるる「やばい!やばいよやばいよやばいよ!やばいよ!やばいよ!やばい、やばい、やばい、あ間違えたやばいやばい!やばいよやばいやばい!」
ユッコ「ねぇ途中に歌入れてもいいかなぁ?歌!」
さおり「じゃあ試してみる?今日の稽古で」
ユッコ「うわぁ稽古だって!生意気~」
がるる「やばいやばいやばいいたぁー!!やばいよ!ねえ!!!」
がるる「転校してきた、うちのクラスに。びっくりじゃない?入るかなウチに」
さおり「え?」
がるる「だってあの清進学院だよ?あ、誘ってみる?誘ってみるか!」
さおり「いやいやいやがるる、それはちょっといきなりだよ…がるる!」
ユッコ「私先行ってる」
さおり「え?ユッコ?」
がるる「さおり!早く」
さおり「もうみんな勝手!」
がるる「いいから早く!」
がるる「これ!高橋さおり」
さおり「高橋です!」
中西さん「中西です」
がるる「ねえねえ!中西さんってさ、清進学院の演劇部だったんでしょ?うちらも見てたんだぁ!ねぇ?」
さおり「うん。私たちも演劇部なんです、一応」
がるる「一応(笑) でさ、中西さんってさ」
さおり「ごめんストップ!授業行かなきゃ!」
がるる「ちょっと待って待って!」
さおり「ごめん!」
がるる「まだ大丈夫だって、待ってよ!」
さおり「おぉぅユッコ!」
ユッコ「いいじゃん入れれば、上手いし」
お姫様は繊細だ。
中西さん「やっぱり楠見くんもあんたに会いに来たのよね。世界はどうしてこんなに不公平なの!」
去年の地区大会で、ユッコが何を思っていたのかは分からない。
中西さん「この性格ブス!」
だけど不機嫌の理由は分かる。なんとなく。
吉岡先生「提案なんだけどさ、公演打たない?お客さん入れて。ご両親とかお友達とか。見てもらったほうが育つよ?役者も作品も」
2年「…公演?すごくない?」
吉岡先生「じゃあ、高橋さん」
さおり「はい」
吉岡先生「肖像画、どう繋ぐか考えて。音楽とか、照明も一緒に」
さおり「…え?」
吉岡先生「ふふん、演出家デビュー」
さおり「先生!私そういう、なんていうか、他に、の人…」
吉岡先生「大丈夫だって。何も分かんないって言っても、思ってることは一杯あるわけだから。口に出さないだけで」
さおり「ふっ、無い無い、無い!」
吉岡先生「まずは楽しもう!何だってそうでしょ?勉強だって何だって」
部員「はい」
がるる「ちょっとぉ!」
2年「すごい!」
がるる「よっ!待ってました!部長!」
さおり「やめてよ!」
さおり「うはぁー!書いちゃった!んふっ」
「シーッ」
さおり「あ、すいません… あ」
さおり「ごめんなさい」
中西さん「え?」
さおり「今日、なんか緊張しちゃって。清進学院の人だし。強引なんですがるるって…あ、西条のことです。なんか、がるる~ってかんじだから、がるる」
中西さん「もう1人いましたよね?」
さおり「え?ああ、ユッコ。橋爪裕子」
中西さん「その人出てましたよね?去年の地区大会」
さおり「覚えてるんですか?」
中西さん「はい。華があって、1人だけ飛び抜けてた。良くも悪くも。よくある事だけど、高校演劇じゃ」
さおり「そう…ですか」
中西さん「じゃあ」
さおり「今度公演打つんです。見に来てください。去年とは全然違うから」
中西さん「…そうですか、頑張ってください」
つづく