人は一人では生きていけない。
例え、1人で生活できるだけの力があったとしても
誰とも関わらなければなんのために生きているのか分からなくなる。
寂しさや喜びという感情がなくなってしまう。


私はこの3月に学校を卒業して4月から社会人になる。
今まで一緒にがんばってきた友達と少なからず、会う機会は減ってしまう。

みんなそれぞれの道を歩んでいく。
それは当たり前のことで、寂しさもあるが
前に進んでることである。
それでも誰かにすがりたくなる時もある。

まさに今がそんな時。
たくさんの時間があるため、一つのことを深く考えてしまう。
そのせいで、なぜか無性に寂しさを感じてしまう。
そんな時だからこそ、当たり前の存在の大切さに改めて気づける。
いつでも話を聞いてくれる友達。
なんでも話せる友達。
心の中のことを全て見せれる友達。
毎日の中で、当たり前に行われているこんな人との関わり。
でも、今、無性に寂しさを感じるせいか、
普段は当たり前の存在って実はすごく奇跡的でとても恵まれていることなんだって思う。
人は一人では生きていけない。
やっぱり支えられて生きて行けるんだと思う。

なんでこんなことを思うのか…
最近、毎日、何も頑張ることなくただ1日が過ぎていくような生活をしているからだと思う。

人から必要とされていないんじゃないか…
何にも魅力のない人間なんではないか…
等々、マイナス思考になっているからだと思う。
やっぱり人と関わらないとおかしな思考回路になってしまう。

世間からポツンと取り残されているような気分になるのかもしれない。
最近、飲みの場に行く事が多い。そして感じること。
やっぱり飲みの場って苦手…。

まずお酒がそんなに強くない。そのくせなかなか酔っぱらえない。
そしてコールがかかるようなワイワイ的な飲みになると一気に冷めていく。
たぶん、普通に楽しい話をしながら飲む方があってるのかもしれない。
ってゆーか、何よりもノリが悪いから飲みの場が苦手なんだと思う。


「ノリ」ってなんだ!?
周囲に合わせてキャッキャすることなのか…。
空気を読んでおもしろい事を言うことなのか…。

私が考える「ノリ」がいい…
空気を読んで場にあった反応や会話ができる。おもしろい返答や会話が出来ると尚よい。
時にはバカを演じられる。

私は基本的に真面目ってゆーか、つまらない人間なんだと思う。
あまり、感情の浮き沈みがなかったりするし
一般的に感動したりする場面で冷めていると感じる事が多々ある。
例えば、結婚式で周りの人は涙を流すような場面でも、「すごいな」とか「いい場面だったな」とか多少は思うけど
涙を流すほど思えないし、感動する気持ちが7割あっても、3割は全く別の事を考えているんだと気づいた。
何事にも熱くなれない自分…
自分の枠からなかなか抜け出せない自分…
他人からどう思われてるんだろうと気にしてる自分…
おもしろい事なんて言えないのにおもしろい事を言わなきゃと考えてる自分…

そんな自分がノリを悪くしているのかもしれない。

後は人を選んでしまう…。
そして興味のない人の話が聞けなかったり、
その場かぎりの人だったら適当な事しか言わないから話してても段々とつまらなくなってしまうのかも…。
それはきっと相手も同じくつまらないと感じているのだと思う。

今後、この人と会わないなとか思うと、相手に合わせた会話をして、本当の自分を出せない事もある。
だから段々と話すのがめんどくさくなってきて
相手への興味がなくなってしまい、興味のない人のことを知りたいと全く思わないから会話もなくなり、おもしろくなくなるんだと思う。
結局は自分がないからつまらないのかも。

ノリの良さがほしい。

どっちかってゆーと、適当な会話をしてワイワイするよりも、「何か」について話しをした方が楽しいと感じる。
バカが出来ない事もノリの悪さにつながってるのかもしれない。

バカが出来るって実はスゴいことだ。
だからお笑い芸人はすごいと思う。
おもしろい会話をして大勢の人を笑わして…
誰かがフったら、それが出来ないことでも必ず応えるし、もしスベッタとしてもその場の空気を暖める力がある。
お笑い芸人ほどおもしろい事は言えなくても、話をして楽しいと思える人になりたい。