一人っ子の私が母から虐待があっても
誰にも相談することができずに十数年もきました。


なぜなら。


幼い頃からずっと

私(母)の身内にこの事を言ったら
ただじゃおかないからな

そう言われていたからです。


父方の親族とは両親が離婚していたため
全く繋がっておらず誰にも相談できずにいました。


9月。


久しぶりに大きな喧嘩。


母は酒乱。


少しは落ち着いてきたかと思ってたのに・・・


その日もお酒が入っていた。


結果、母は立ち上がって暴力をしようとした。


私、もうアラサーです。


この歳になってまで
まだ母からこんな事される。


思わず反射的に危険を感じ
家を出てしまった。


怖くて怖くて。


警察に相談しようかと思ったけど
それをする位なら初めておばさんに相談しようと思った。


それが更に母を逆撫でさせてしまう。


一生許さない。
消す(殺すととらえられる言葉)


他にもいろいろと脅迫めいた言葉の数々を
メールで送ってくる母。


なのにお金をよこせと。


そんな親にどうしてお金の手助けができるのか。


腹が立つ。

むしゃくしゃする。

いっそのことお前が消えろなんて
そんな事まで思ってしまう。


父、叔母に裏切られたこと。


もう誰も信じない。


警察にも弁護士にも相談した。
法的措置がとれるならとりたい。


でも。


DVにしか適用できない。
あなたが今あてはまる法律はない。


どういうことよ?


相手は違っても


されてる内容は同じなのに。


相手が配偶者じゃないといけないの?
ストーカーじゃないとダメなの?


暴力、暴言、脅迫。


内容は同じ。


相手が両親なだけで無理なのか?


ふざけてる。


こっちは真剣に、そして危機感をかんじて
第三者に間に入ってもらおうとしてるのに。


何かあったらじゃ遅いんだよ。


阻止する方法がないなら
警察も法律もいらない。


なんのための保護なのか。


警察に相談したって亡くなってしまうケースがあって
ニュースでも取り上げられたりする。


警察としは適切な対応をした。


してない。

絶対してない。


してたら亡くなる人なんていないはず。

こんなにニュースにならないはず。


やっぱり自分の身は自分で守るしかないのかな。


この弱い自分の心、もっと強くしたい。

そしてこれからの自分の人生、自分の為に生きていきたい。


世界にたった二人しかいない両親。


それでもここまできたら両親の為に生きるなんて考えられない。


許せないとか言いつつ、お金は頼ってくる両親。


こうなると言い方は悪いかもしれないけど


勝手に生んで虐待してきた親を面倒なんてみれない。
それでも世は【子は親を扶養する義務がある】という。
法的に縁だって切ることが出来ない。
私はなんのために生まれてきたのか。
考えたってわからない。
だったら生まれてきてしまったのだから
義務があろうとなんだろうと私は親の扶養を放棄する。
親も子の世話を放棄してきたようなものだから。


自分の人生は誰のものでもない。

これだけは言える。

自分の人生は自分だけのもの。


心が折れそうになっても前を向くように。
少しの光も見逃さないように。

そうやって頑張るしかない。
踏ん張るしかない。

保育園に通わされてた私。

当時の記憶というのがほとんどないが
この時から母が怒ると怖いなと思い始めた。


小学生。


アパートの鍵も持たされました。

学校から帰ってくると母は仕事の準備をしている。


普通であれば夕飯の準備をしているのが普通?


うちは夕飯ではなく仕事。

仕事の準備。


正直このあたりの記憶も曖昧な部分があるが
祖母の家でご飯というのも結構多かったはず。

とにかく母が作った料理を食べたという記憶が
なぜか・・・なぜかあまりにも少ない。


夜は祖母と一緒にアパートに戻り私を寝かしつける。

祖母もまたアパートの合鍵を持たされていた。

私を寝かしつけた後、祖母はそう遠くない家へ帰る。


そうした日々が続いていた。

父と母の間に生まれた私には兄弟がいません。

未だにはっきりはしませんが、
おそらく3~4歳の頃に両親が離婚。

ちゃんとした理由は未だにわかりません。


母方に引き取られ育ってきました。


母は水商売をしていたので母方の祖母の世話になる事も度々。


正直母にどこかへ連れて行ってもらった記憶はない。

だからと言って祖母、叔父がどこかへ連れて行ってくれる訳でもない。


祖母の家に預けられてる間は近所の子と。
母と暮らすアパートにいる間は家で一人遊びか友達と。


一人遊びをするのは得意でした。


母『ペンと紙、折り紙を渡せば大人しい子だった』


そうです。

これさえあれば何時間でも時間を潰せる。

だからと言って苦痛は感じてなかったあの頃。


この時はこれでいいと思ってた。

母が仕事で大変だからわがままは言わないと思ってた。

それどころかいい子でいようと思ってた。