(あくまで私一個人の感想な上、長い文章になります。興味のない方はスルーしていただけますと幸いです。)
私がエレクトーンを始めたのは1985年、3歳のとき。
最初の一台は FE-50 でした。気づけば、生活のすぐそばにエレクトーンがあるのが当たり前になっていました。
1987年に登場した HS-8 は、当時としては機能も見た目も本当に衝撃的な進化でした。
「欲しいなあ」と思いながらも、簡単には手が届かず、小学校低学年の私はぐっと我慢。
その代わり、少しでも教室と近い環境で練習ができるようにと FS-30 を選んだ記憶があります。
1991年、小学3年生のときに EL-90 が発売され、思い切って発売と同時に購入。多くの人が黒を選ぶ中、部屋が明るくなるようにアイボリーを選びお気に入りの1台に。
125万円という価格は決して安くありませんでしたが、自宅であの音を出せた喜びは今でもはっきり覚えています。
その後、中高時代は中学受験を経て親元を離れ、門限の厳しいカトリックの寄宿舎で生活することになりました。
寄宿舎内には D-3 という1972年製のとても古いエレクトーンが一台だけありましたが、演奏できる時間は厳しく制限され、自由に弾ける環境とは言えませんでした。
それでもコツコツ練習をしていたらシスターが、聖歌の伴奏を弾いて欲しい。いつでも歌えるように録音して欲しいとお願いに来てくれた事が数少ない嬉しい記憶として残っています。
限られた時間の中でD-3では指の練習をしつつ、外出が許される日はシスターの目を少し気にしながらヤマハ音楽教室へ向かい、EL-90をレンタルして練習。
練習が終わると時計を何度も確認し、門限に間に合うよう急いで寄宿舎へ戻る——そんな日々が続きました。
決して恵まれた環境ではありませんでしたが、
「弾ける時間が限られているからこそ、何をどう練習するかを考える」
この頃に身についた感覚は、今振り返っても大きな財産だと感じています。
そうした日々を経て、進路を大幅変更し音楽大学へ進学することになりました。
音大時代は、あえて自宅に楽器を置かず、大学での練習に集中。
卒業時に EL-900m を購入しましたが、世の中はすでに2004年発売の ELS-01C へと大きく舵を切っていました。
卒業から3年ほど経った2008年、やはり自宅に現行機種がない不便さを感じ01Cを購入。
これをきっかけに、ありがたいことにアレンジの仕事にも少しずつ関わる事ができました。
EL-900mは北海道の実家へ渡り、今も健在です。
2013年、転居を機に jet全日本エレクトーン指導者協会 に入会。翌2014年に ELS-02C が発売されるものの、育児に追われる日々の中で、ここでもしばらく我慢の時間が続きました。
そしてコロナ禍真っ只中の2021年。
悩みに悩んだ末、バイタライズという形で 02Cへアップグレード。
現在は、娘(現・小学4年生)と一緒にこのエレクトーンを使っています。
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ありがたいことに、これまで3名の恩師、エレクトーンを通じた友人達、そして好意的な楽器店の方々や、素敵なエレクトーン愛好家の仲間にも恵まれ、仕事の傍らコンサートを開催したり、演奏の仕事をいただいたりと、気づけばエレクトーンは人生の一部になっています。
中高時代に培った「短時間で集中する練習」は今も健在で、職場のお昼休みのうち30分は職場近くにある楽器店(本当にありがたい環境です。)へ駆け込み、エレクトーンを弾く日々が続いています。
派手なことはできませんが、少しずつでも、毎日コツコツと精進していきたい——そんな気持ちで鍵盤に向かっています。
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こうして振り返ると、エレクトーンは常に【憧れの存在であり続けた楽器】でした。
だからこそ、03シリーズ、とりわけ03XRを前にして感じる思いは、単純な価格論では語れません。
1991年に発売された EL-90は125万円。
それから35年が経ち、物価も環境も大きく変わった今、03XRが135万3千円という価格をどう受け止めるか。
高いと感じるか、思ったより抑えられていると感じるか——
長くエレクトーンに触れてきた人ほど、いろいろな思いが浮かんでくるのではないでしょうか。
今は自分のためだけでなく、娘たち、つまり次の世代と共有する楽器としてエレクトーンを見ています。
03シリーズが、
「憧れ続けられる楽器」であると同時に、
「無理なく手渡していける楽器」であってほしい——
そんな期待と、少しの不安を抱きながら、今回のモデルチェンジを見つめています。
