気分のバロメーター

 

私は勝手にそう呼んでいるのですが、

考えたことや、気にしたことありますか?

別居をきっかけに、自分の気持ち、気分が

随分と浮き沈みすることが多くなり、

気付けば、泣いてばかりで

笑顔が消えていました。

子供にママは何で笑わないの?

と言われたこともあるほど。

別居中、離婚調停中など、気分が大きく

揺れ動く時、いつでも、どこでも

何なら毎分おきって言ってもいいくらい

自分の気持ちを測りますニコニコ

 

 

基本は、51以上でいること。

0(最低)-100(最高)までを数字にして

自分の気分を当てはめます。

私が別居中、離婚の話してる時は

多分20−30だったかなと記憶してます。

もちろん、完全ネガティブ思考。

こんな時は、なんでも話せる友人や家族、

カウンセラーに相談が必要です。

40くらいだと思ったら、51に近づくように

自分の気分がアップすることをして

数値を上げるようにします。

例えば、好きなカフェに行ったり、

運動したり、散歩したり、

チョコ食べたり。

本当に些細なことでも

気分は少しだけ上がります。

その繰り返しをして51を保てるように、

何なら、51−65くらいを目指します。

 

私の場合は、大体朝起きて、ベッドの中で

今朝の気分を決めます晴れ

そこから、「あー、今日は51以下だ」と

感じたら、好きなこと探してみます。

今までは、朝ごはんにこんなのありえない

なーんて思ってた、

食べたいもの食べたりとか。

 

でも、注意点は、もし万が一、

すごく素敵なことがあって、

気分がアゲアゲになっても、

極力51に近づく(戻す)こと。

例えば、宝くじに当たったとしても、

(私は買わないので当たりませんが)

90とかを保たずに、65くらいまで

落とすようにします。

そんな風にして、気分の浮き沈みを

自ら抑制する運動をしています。

一喜一憂するのは、本当に疲れます。

だって、人生、

一喜よりダントツに

一憂の方が多くないですか?

 

もし気分の浮き沈みで悩んでいる方

いらっしゃったら、

ぜひ試してみてくださいキラキラ

 

 

 

 

 

 

 ハーグ条約

 

前回のブログで出てきた、

国際結婚でのデメリットの1つ、

ハーグ条約について、

少し説明と私の気持ちをここに

綴っていきたいと思います。

 

まず、ハーグ条約って何?

 

国境を越えた子どもの不法な連れ去り(例:一方の親の同意なく子どもを元の居住国から出国させること)や留置(例:一方の親の同意を得て一時帰国後、約束の期限を過ぎても子どもを元の居住国に戻さないこと)をめぐる紛争に対応するための国際的な枠組みとして、子どもを元の居住国に返還するための手続や国境を越えた親子の面会交流の実現のための締約国間の協力等について定めた条約です。

*外務省ホームページより引用

 

つまりは、国際離婚して、

相手の同意なしに

子供を自国に連れ帰ってはいけない

というルールです。

2014年日本もこの条約の加盟国となったようです。

 

私のケースもこれにあたります。

元夫の言動に傷つき、大揉めして、

夫婦としての関係性に先を見いだせなくなった頃、

私は当時住んでいた場所を離れる

ことしか頭にありませんでした。

もちろん、行く先は自分の家族がいる日本。

ところが、彼は日本に連れて行ったら訴える

というような姿勢を見せ始め、

そうなったら、専業主婦だった私には不利。

子供を日本に連れて行こうが、

いずれ連れ戻された挙句、誘拐犯のように扱われ、

私は2度とアメリカに入国できないような

最悪の状況が頭を駆け巡りました。

 

 

そこで、以前住んでいた彼の実家がある都市に

引越すことになりました。

そこならば、彼は子供に会えるし

私も以前住んでいたことがあったので

土地勘もあるし。

そこなら両者ともに行ってもいいと

最終的に決まりました。

そんな形で、孤独と戦うことになりましたが

今も遠く日本から、自分の家族から離れて

暮らしています。

 

国際離婚をした親を持つ子供の

精神的なストレスは計り知れません。

(もちろん、離婚する親を持つ子は

状況、国に例外なく苦しむと思います)

 

この条約のおかげで、

子供を手放さずに済んだ方もいるし、

私のように犠牲と感じる方もいるし。

2人で授かった大事な子供を

親が取り合う日が来るなんて、

なんて悲しいことかなと。

 

 

私は今、苦しいことの方が多いですが、

子供と暮らせている、

いま与えてもらっている環境に

とっても感謝しています。

 

 

 

国際結婚してみて、

同じ国同士の結婚と何が違って、

何が大変で、どんなメリットがあるんだろう

って考えたこと、結構ありました。

 

 メリット

 

  • アメリカや日本に住むビザがもらえる(結婚した相手国に普通に住める)
  • 子供がバイリンガルになりやすい
  • 相手の国、文化を知ることができる

 

 デメリット

 

 

  • 文化の違い
  • 価値観の違い
  • 食生活の違い
  • 言語の違い
  • どちらかの家族に会いづらい(会いに行くだけで、飛行機代すごい)
  • 結婚するのも離婚するのも手続きが大変
  • ハーグ条約がある(これはまた次回に説明します)

 

このデメリットの多さ、

なぜ人は国際結婚するんだろう、

どうして私は国際結婚を選んだんだろうと

思ったりしました。

もちろん、恋愛の末に選んだ結婚だったし

後悔はしていませんが。

 

私の元夫は、割と馴染んでくれる人で、

文化の違いもあまり気にならなかったし、

(家で靴脱いでくれたり、お箸も上手に使えたり)

納豆なども食べてくれるほど和食好き。

会話も普通に英語でしてました。

それでもやっぱり価値観の違いや

手続きなど、数多くのストレスが

溜まっていたのかもしれません。

 

好きってだけで国際結婚すると

いろんな障害が出てきて、

歯車がずれていく。

大変さを知っていたからとて、

結婚はやめてなかったでしょうけれど。

 

結婚そのものに対して、

一体なんなんだろうっていう疑問あります。

 

国際結婚された方、

他にメリット、デメリットありますか?

 

 

 

 

出会い 

-後半-

 

行きたくない、面倒くさい、

そんな思いで疲れた体をバス停に向かわせ、

ようやくバス停へ。

少し待って、バスが来たので、乗り込もうと

列に並んだら、目の前にすっごく背の高い人が。

わー、背たっか。→多分言葉に出てました気づき

そのまま、お金を払おうと思って、

$5札を出したら、バスの運転手が一言。

『両替できないよ。』

『誰か乗客に両替してもらって』ともやもや

 

えーー?

アメリカって(知ってはいたけど)不親切アセアセ

日本の優しさ、便利さに慣れてる私にとって、

ありえないことの連続もやもや

知ってる人はどこにもいないし、

ちょっと呆然としていたら、

さっきの背高い人が

『僕、両替できるかもーっ』て

ポケット探ってくれて、

『$4しかないわ〜』って言いながらくれました。

私は、$5札を手渡して、

『Thank you!』とお礼。

 

 

そんなドタバタがすぎて、バスは走り始めました。

降りる場所がわからない私は、

運転手に、『大学の掲示板行きたいけど、

どこで降りたらいい?』と聞くと、

『いやー、何箇所もあるから分からないっ』て。

マジで、役に立たないもやもや

 

そこで、学生風の人を探そうと

バスの中をキョロキョロ。

すると、先程の背が高い人、学生に見えるキラキラ

てか、学生にしか見えない。

バスの向かい側に座ってた彼に、

『学生ですかー?』『そうです。』

『掲示板行きたいけど、どこで降りたらいい?』

の返しが、

『ヒマだから、連れていってあげるよー』と。

いい人イエローハーツ

一緒に降りて、掲示板まで歩いていきました。

 

道中色々と話して、最後には、

『引越してきて大変だと思うから、何かあれば

ヘルプするよー』と言ってくれて、

メルアドと携番を渡されました。

 

結局のところ、

掲示板にはルームメイトの情報はなかったけれど、

結構楽しかったなーとホテルに帰宅。

 

そういえば、私、携帯まだ持ってないわ

ってことで、

携帯の契約をヘルプしてもらうために、

先程の彼にホテルから電話。

 

次の日、

またバス乗り継いで

丸一日かけて携帯買って、

(ここでもクレジットない云々で

大変だったんですアセアセ

一緒にご飯食べて、

映画まで観ちゃって、

気づいたら、結構楽しくて、

彼との生活が始まった

そんな1日でした。

 

ホノルルに着いて

たった4日目。

 

今でも思うのが、

もし、私が小銭持ってたら?

もし、バスの運転手が降りる場所知ってたら?

もし、彼が向かいに座ってなかったら?

もし、降りて一緒に来てくれなかったら?

もし、疲れてバス停行かなかったら?

そもそも、ホノルルに行かなかったら?

 

私の人生は今と同じではなかったはず。

 

やっぱり運命的だったなと今でも思います。

 

あー懐かしー。

 

 

 

 

 

 

出会い 

-前半-

 

『どうやって出会ったの?』

結婚していた時によく聞かれたこの質問。

そりゃ気になりますよね。

今と違って、スマホもない、パソコンがまだ

そこまで普及していない時代の国際結婚。

 

私は大学を卒業後、日本で働きましたが

どうしても海外に戻りたくて、

インターンシップに申込みました。

そのエージェンシーが用意してくれたのは、

当時、私が日本で働いていた、

某航空会社の地上職員と

全く同職種、同会社、違うのは働く場所が

ニューヨークJFK空港という好条件でした。

ウキウキ、行く来満々のわたし。

 

 

ところが、なぜか出発の数週間前になり、

エージェントの方が、実はハワイ案件が

出てきまして、と。

ウェディングの会社です、と。え?

ウェディング業界は初めてと思ったし

断る気満々でした。

ところが、なぜか周りのニューヨーク行きの反対に

押され、自分軸がズレ、ハワイに決定。

今思えば、ここがある意味、

人生の別れ道でした。

 

 

そのままインターンシップにて、渡米。

ホノルルのホテル生活が始まりました。

着いて数日間は、ひたすらアパート探し。

アメリカはクレジット(信用)がないと

本当に何もできない国。

アパートを次々みては、

クレジットないから無理ね。

co-signer(保証人)は?収入証明は?

などと、次から難題がのしかかって、

なかなか決まらずでした。

 

そこで、疲れ果てた私は、

大学の掲示板にルームメイト募集があるよ。

という情報をもとに、

大学に向かうことに決めました。

 

 

ー後半へ続くー