地域によって違う介護の接し方 | 肺腺ガンと共に生きてます

肺腺ガンと共に生きてます

娘を失って7年後
肺腺ガンの告知を受けショックで毎日泣き明かし
必死で生きてきて12年目を迎えます。
これからの人生を思う事を綴ります。

日は、たくさんの暖かいコメントありがとうございます。
みなさまのコメントを受け感謝の気持ちでいっぱいです。

脳神経外科を診察した結果
急性硬膜下血腫と診断されました
取り急ぎの手術は免れましたが、母の場合
肝炎と糖尿病を持っているため、血小板が人より低く
血液が止まりにくい状態という事と
まれに出血が広がって脳に湿潤する場合があるので
2週間は様子を見た方が良いとのことでした

脳神経外科のドクターも退院後の生活を気にされ
なぜ独居なのか理由がわからないために
私に一緒に暮らした方が・・という言葉を言われたので
理由を話すと納得されたのですが
やはり「介護1」ということに驚かれていました
母をとりまく周りの人たちがもっと積極的に手助けができる
状態にしないのかと悩まれていました

この病院の市と私が住む市は介護の考えのレベルが
違うようです
今回のように転倒して頭を打つことがこれからも
度々あるでしょうし、日を追うごとに悪化していくと思います

ケアマネさんは、母がヘルパーさんやデイサービスなど
サービスを最大限利用して介護段階を上げて
申請するしかない・・と言われます
介護段階が上がっても施設となれば順番があり
施設に入るのは長い日数を要すると言われます

母がサービスを使ってくれないのが一番の問題ですが
それだけで何も変わらないんでしょうか

主人の職場の人のお母さまの話
80歳を過ぎ、体は元気なのですが痴呆がひどく
夜の徘徊や自分の排せつ物を口にするなど
家族は困って市役所に施設を申し出たそうですが
身体が元気なので無理と言われたそうです
その結果、夜の徘徊時、列車のレールを歩いていて
列車を止めたということがきっかけで市役所も
施設行きを認めたそうです
一歩、間違えたら列車にひかれて死んでいたかもしれません

お役所というのは、何か事件が起きなければ動いてはくれません
お年寄りの独居も増えていますが事件があって
問題が取り上げられますが何の解決もなく
繰り返されるばかりです・・


私の母も独居で火事や転倒でそのままの状態でみつかるかもしれません
母の退院後が怖いです・・