唯一敬愛する東京新聞に投稿しました。
東京新聞 2019年8月5日朝刊
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不寛容な日本社会
30日付の東京新聞の記事を見て驚いた。重度障害者国会登壇「迷惑行為」、ネットで賛同5万件、「議事進行に支障」と主張。
いつの時代から日本は障碍者に偏狭な社会になってしまったのだろう? 社会的弱者に優しい社会を作ることが、政治が目指すべきことなのではないか?
私たちは誰もが老い、障害を持つようになり、死んでいく。 この国の政治が障害のある国会議員の登壇が迷惑行為だと賛同する国民を作り出してしまっているのだ。
しかし、これらの国民の貧しい非常識な発想は、今、できたのではない。昔からなのだ。
私は1979年、米国に居た時、公共施設には必ずスロープがついていることに気づいた。 友人にどうして、階段ではなく、スロープが多いのだと聞くと、友人は「その国の社会福祉の成熟度は、車椅子でどこまで行けるかだ。日本は違うのか?」と言われ、自分の常識のなさに赤面した記憶がある。
「教育的配慮だけでなく、合理的配慮が必要です。」 スクールカウンセラーを職業としている私が最近、教師に対して使う機会が多くなっている。
合理的配慮とは、障害者の権利に関する条約「第二十四条 教育」に書かれている。
この記事のデスクメモには、「二人がスムーズな政治活動を行えるかどうかが、日本人の民度を測る試金石になる。」とあるが、まさにその通りである。
合理的配慮と不寛容な日本社会
今朝の東京新聞の記事を見て驚いた。重度障害者国会登壇「迷惑行為」、ネットで賛同5万件、「議事進行に支障」と主張。
いつの時代から日本は障碍者に偏狭な社会になってしまったのだろう? 社会的弱者に優しい社会を作ることが政治が目指すべきことなのではないか?
私たちは誰もが老い、障害を持つようになり、死んでいく。 このアホン国の政治が障害のある国会議員の登壇が迷惑行為だと賛同するアホンジンを作り出してしまっているのだ。
しかし、これらの国民の貧しい非常識な発想は、今、できたのではない。昔からなのだ。
私は1979年、米国に居た時、公共施設には必ずスロープがついていることに気づいた。 友人にどうして、階段ではなく、スロープが多いのだと聞くと、友人は「その国の社会福祉の成熟度は、車椅子でどこまで行けるかだ。日本は違うのか?」と言われ、自分の常識のなさに赤面した記憶がある。
「教育的配慮だけでなく、合理的配慮が必要です。」 スクールカウンセラーを職業としている私が最近、教師に対して使う機会が多くなりました。
多くの方は、合理的配慮について、詳細は知らないと思います。
合理的配慮については、文科省のHPに書かれています。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/044/attach/1297380.htm
ぜひ、ご一読ください。
デスクメモに書かれている「二人がスムーズな政治活動を行えるかどうかが、日本人の民度を測る試金石になる。」まさにその通りである。
身内で監査するアホン国の行政!
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190729-00000117-asahi-pol
草履大臣に忖度して、隠ぺい、改ざんなどの不正をしてきた国の官僚、その改ざんのために、自殺者を出したというのに、身内で監査するという方針を打ち出す忖度官僚ども。アホンジンのアホンジンによるアホンジンのためのアホン国だな。






