徒然日記

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井伊直弼の「子を失ひし時の歌」をご存知でしょうか?


一般的には、強権的な政治によって反対派を弾圧したため暗殺された「悪人」イメージが強い方です。


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しかし、この和歌にはそれに反した子を想う親の素顔と愛情と悲しみを察する事ができます。


その「子を失ひし時の歌」の自筆の軸が残されており、現在は彦根城博物館に保管され、めったに展示されない貴重な遺品の一つです。


ことし二ツになりし

をみなの子いとゝかなしみ

そたてつるにおもほへす

みな月の末つかたより

病ひにふしけれはくすしの

数をあつめ神に祈り仏

にちかひて早く平らけく

なりなん事をのみ禰き


きこえるニそのかひもなく

文月十七日いふ日遂ニ

身まかりニたりと人々

立ちさわくにこゝろのやみも

今さらニおもひたとるはかり

にてかくなん


おとろかぬ夢の世なから

くれさとりあやなきは

このあはれなりけり

美千代までかけていのりし

たまの緒のなとかくはかり

短かるらん


同じとき庭の小萩の

咲きみたれたるを見て

消えゆきし露あはれなり


あき風にさわく小萩を

見るにつけても

今ハとてさまざまの仏事

とり行ひける二月のいと

よく澄みわたるを見て

子をおもふこころの闇さ

のこし置て今やすゝしき

月を見るらん


後の世にわか師ともなれ

あきらけに御法の三地よ

はやくふミ得て


安政4年7月17日

直弼43歳の折に、僅か2歳でこの世を去った

七女、愛娘美千代を悼んだ和歌です。

通商条約を勧め公務に忙殺されていた時で

病む子を看取ることも許されませんでした。


現代語訳の文が見つからないので

ダイレクトに伝わらないのですが

箇所ヶ所に書かれた文章に

悲しみが伝わってきます。

そしてこの「子を失ひし時の歌」について

井伊文子さんはこう言われています。


「この歌を読み返すたびに人間味あふれる親心の悲しみに心打たれる。しかし直弼の親心は煩悩まみれのそれではなく、儚いこの世を「夢」と観じ、しかも徒らに夢としてさげすみ捨てず、わが子を善知識として仰いでゆくところに真の諦観は澄み、合掌せずにはいられない」

美千代姫の墓は、彦根市にある井伊家の菩提寺の一つ、清涼寺にあります。


戒名は「普応妙誓善童女」