M子のつぶやき

M子のつぶやき

より良い自分をめざしたいのに、日々心に渦巻くグレーな思い。
自分の気持ちを書いて吐き出し、自分自身で消化するためのブログ。

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このブログを再開させたいと、

時折思いを馳せながら、

過去3年間実現しなかった。

 

 

 

でも、今、重い腰を上げさせたのは、

 

実生活で毒を吐いている自分を引き留めるため

 

だ。

 

 

 

表の世界でも日々毒を吐きまくっている自分。

 

その毒がいつか自分に撥ね返ってくる

 

なんて、あまりにも悲しいことではないか。

その毒を盛った真犯人がいるというのに。

 

 

 

 

そんな客観視をしたきっかけダウン

 

 

元々インドア派な自分は、

断捨離や片付け系の番組や書物をよく見る。

 

そこで、頑なな態度で「捨てない」と言い張る人々の執着心に驚く。

 

 

そんな中、

つい昨日今日、

実生活のあるモノをどうするかを考える機会があった。

 

 

それは、ある室内大型遊具。

子供たちが小さなころにはるばる日本で購入して、

夫の国まで輸送してもらったものだ。

 

もう子供たちは小学生中学年。

 

さすがに出番がない。

 

でも、わたしには到底手放す気はなかったのだった。

 

夫の周りに何人か幼子が生まれた人達がいるのだが、

「絶対に現地人には渡さない」

というのが心の底から出る言葉。

 

彼らにはその物の価値が分からないから。

 

他のものはいろいろとあげている。

基本的に使わないものを置いておくのは好きではないから。

 

しかし、そのものは、

日本製の安全性にかなり配慮され、優秀な大型遊具。

それを大金はたいて購入し、

実家にも苦労を掛け、はるばる送ってもらった品。

 

なのに、使い切れなかった品。

(※参照 ブログテーマ「転々生活」)

 

 

 

自分の今の気持ちは、

 

「今適当に手放したら、絶対に後悔する」

 

という確信みたいなものがあった。

 

 

いったいなぜ?

他人の執着心には驚いていたのに。

 

 

 

 

自分の心を分析する。

 

 

 

使わなくなっても、それを保持することに強いこだわりを持つ自分。

 

その理由は、

 

まだ消化されない気持ちがあるのと、

将来、万が一の使い道の可能性が頭の片隅にあるから。

 

 

しかし、

それだけでなく、

 

振りまわされ続けた(続けている)自分の悲しみと苦労と理不尽さを知らしめるため

(夫に)

それができるようにとっておくことによって。

 

 
そういうものもあるかもしれないことに、気が付く。
 
 
そして、
 
それが手放せない、絶対にしまってでもまだおいておきたいと
強く願っている自分は、
 
つまり、
 
常に夫に対して、その行動の理不尽さの責任とか結果とかの現実を突きつけたいと思って、日々言動を重ねている
 
のである。
 
 
そして、
 
その溢れる恨みとやるせなさがあまりにも大きく多くて、
実生活でもあふれ出てしまった。
 
 
 
 
 
3年前まで、
まだ幼稚園児だった子供たちに対しては、夫のありえない行動に巻き込まれる事態でも、
必死で良い受け止め方に紛らわせて、子供たちを励まし育ててきたけれど、
 
3年前の爆弾のような失態による被害の重さは、
もう受け止めきれずに、
その後は、最近までも、ずっと何かにつけて、
 
彼らの前で愚痴や小言となって溢れ出ている
 
 
 
子供たちもそろそろ思春期に向かう年頃。
 
そんな中、そんな母親に嫌気がさして、
 
私自身に撥ね返ってくるなんて、嫌じゃないか。
 
爆弾落としたのは夫なのに。
 
 
ふと、そう思ったのだ。
 
 
 
 
どうして、子供の前でもそう毒を吐くようになってしまった?
 
もちろんそれは、
爆撃受けたあとだから、 
のんきにブログ開いて愚痴を綴るような生活なんてできなかったから
だよ。
 
 
表の生活がすっかり毒吐きで侵されている。
 
 
毒はここで吐けばいいじゃないか。
 
 
そして、子供たちとは、やるべきことを、時間を大切にしてこなして、
前に向かっていきたいと思う。
 
 
 
そんな自浄作用を起こしている自分。
夫に対する本心には何ら変わりはないけれど、
 
私は自分自身のやるべきことに集中したい。
やるべきことをこなしたい。
 
だから、
二度と爆撃落とすような真似するなよ、
人の時間を邪魔するなよ、
 
とここでつぶやく。

あれから3年。

 

今、2021年7月。

 

ちょうど3年経って、

画面を開けて、

キーボードをたたく時が来た。

 

 

同じ7月というのが、何か意味があるのかな?

 

 

3年前の7月30日に書いていたんだね、前回の記事。

 

 

あの時書こうとしていた続きは、

 

 

夫がF国での新たな仕事を決め、

2018年8月1日からは、

新・F国での生活

が始まる予定だったのだ。

少なくとも3年、

もしかしたらプラスで、もう3年。

 

 

 

 

 

しかし、3年もの月日の間、

その続きを書けなかったのには、素晴らしいワケがある。

 

 

新・F国での生活に備えて、

一旦夫の国に帰国した私たち。

 

そして、8月1日に再度F国に入国して、

やっかいな新・F国での生活をスタートさせた。

 

そして、その翌日、

事態は怪しい方向に傾き始め、

翌々日、

ひっくり返った。

 

 

人間、どうやったら、

こないなこと、できるんやろなー

(ちょっと関西弁風?)

 

 

3年経って、今思う。

 

 

 

詳しいことはカット。

簡単に言うと、

F国撤退!

 

 

離れ業。

こんなことができるのは。
フツーのまともな人間には無理やわ。
 
 
そして、それに巻き込まれる家族が受ける心身諸々のダメージは、
3年強に及ぶというわけ。
(まだ回復したわけではない)
 
 
さんざん今までいろんなこと書いてきたつもりやったけど、
重すぎる罪やわドクロ

F国での生活が始まってから、徐々に現れてきた夫のワーワー。

 

8月下旬、子供たちが幼稚園に行くようになるあたりから目立ち始めた。

 

そして、9月下旬。

夫の両親(yatsura)がF国に数日間やってきた。

 

そのとき、夫の激しいワーワー。

 

「決定しました。○○(自分の国)に戻ります」

 

(相変わらずの「決定しました」)

 

 

さんざん自分が「F国行きたい、行きたい」って駄々こねていたのに、

ようやくそこで生活を頑張ろうとしているところだったのに、

 

ほら、またコレだ。

 

 

のちのち、判明したことは、

yatsuraとの別れの際に、義母が泣いているのを見ての行動だった。

 

でも、そうならば、

F国に住みたいと言っていたけれど、やっぱり母国に戻りたいと思う。

と冷静に話して、今までのことも謝る覚悟で発言するべきだろう。

そして、その後戻ったならば、決して母国を出たいなどという発言が出るはずはない。

でも、そんな常識的なことが起こりえないことだけは、100%もう断言できる。

 

 

それが分かりきっているから、もちろん私はバトる。

「自分でさんざんF国来たいって、ワーワー言っていたのに、なにそれ!?」

ってな感じ。

(もう何回目だ、このパターン)

 

 

その頃から、夫は腰痛がひどくなりだし、

11月は動けない日が増えた。

 

そして、ついには救急車を呼んで、入院までした。

 

海外で生活すると、車もないし、病院もよく分からないしで、こういうことになる。

 

結局12月頃は、腰のことでいっぱいいっぱいになって、1,2月頃になって、少しずつ動けるようになったのだ。

(子供たちに言葉を教えて、云々どころじゃないってのはこういうこと。)

 

 

それから、春前は、また荒れたな。

とりあえず6月まではF国での仕事が続くから、

上の子はここにある日本人学校に入れる方向で動いた。

 

で、この時点で、私としてはこの先すんなり夫の国(A国)に帰って、そこで生活するという道はなしだから、

「日本に帰ります、いや、帰らざるを得ない」と主張。

 

これって、もともと本人が希望して言ってきた道を辿っているだけ。

A国に住むことを自分自身で否定・非難し続け、実際A国にいる間、「F国行きたい、住みたい」とずっとワーワー言っていた。

私の我儘でもなんでもない。

 

結局F国に来ても、何一つ自分の母国語を子供たちに教えず、今さら母国に戻って、そこの学校に行かせることを自分自身で困難に仕立て上げたわけだからね。

本人がどう思おうが、家族に執着するならば、F国に留まる道を画策せざるを得ない状況に追い込まれた、とでも言うのだろうか。

 

夫はF国での仕事探しに本腰を入れ始めた。

 

この1年前の母国にいる間、夫自身が常々、「F国で仕事したい、F国に住みたい」とワーワー言ってたが、

外国来て仕事探すのは大変だという予測が立てられず、目の前のすぐの状況が嫌でこういうワーワー発言をする。

でも、いざF国で仕事を探す段階になると、その大変さストレスさと不安な状況にまたワーワーとなる。

やっぱり発達障害的行動に思える。

そして、被害を受けるのは私。

もう最近は、幸せそうに笑うこともなくなった。

 

 

3月頃、夫のその時の仕事は、延長はなく6月きっかりで終わることがはっきりした。

住んでいたアパートは3か月前に退去の旨を伝えることになっていたため、4月になってすぐに6月末で退去する意向を伝えた。

 

そして、その後、仕事の話で動きがあった。

1年間のF国滞在が、先日終わった。

 

今の状況はまず置いといて・・・

 

この1年間、夫は子供たちに対して自分の母国語伝授に心を払ったか

 

 

結果は、ほぼゼロ

 

 

見事にやらなかった。

 

 

 

私は、あの時言うべきか、言わざるべきか、せっつくべきか、いろいろ迷っていた気持ちが嘘のように、

 

何も言わなかった。

 

 

とりあえず傍観する意向だった私だが、傍観すると意識することもなく、

そんな気持ちも吹っ飛んで、結果、何も言わずにいたということだ。

 

 

というのも、

「やっぱり現れてきたんじゃない?」で書いたとおり、

 

夫のワーワーはあの後も続き、エスカレートし、それどころじゃないことも起きた。

で、つまりは、子供たちに夫の母国語を教えるかどうか呑気なことを考えてる場合じゃないっていう状態だった。

 

このF国には、とりあえず1年は居る(居られる)ことになっている。

 

そんなわけで、子供たちは幼稚園に入った。

こちらには、日系の幼稚園があるので、そこに。

 

F国の現地の幼稚園に入ったって、子供も私も苦労するだけ。

しかも、せっかく苦労しても、将来役に立つわけでもない。

 

日本語と夫の国の言葉と、あとは英語。

習得するなら、この3つをまずやるべきだ。

 

 

 

さて、今日から子供たちの幼稚園が始まった。

今日は午前中のみだったが、明日から弁当持参で3時まで。

 

ようやく私は数時間の自由な時間を手に入れられる。

 

もちろん、その間は今までやれなかった家の掃除だとか、一人で買い物へ行くとか、夕飯の下準備をしておくとか、そんなことをしなければならない。

 

そして、もうひとつやりたい、やらなければならないことがある。

 

それは過去の写真やビデオの整理。

 

国際移動がなければ、少しずつ夜の子供たちが寝た後に進められるものなのに、移動の準備でそれどころではない生活。

 

1年半前の日本滞在時に、実はチャンスがあった。

このときも、子供たちは一時預かりで幼稚園に数か月だけ通った。

そして、私はその時にいろいろな物事を処理したかった。

 

そんな私に、当時一人でE国へ行っていた夫は、またワーワー。

 

毎晩スカイプで口論になって、そのあとは、いろいろ夫から受けるストレスの除去やらなんやらで、夜眠れず。

子供たちが幼稚園に行っている間は、結局眠くて、作業をこなせなかった。

 

で、今回、幼稚園が始まる前に、

「(子供たちが幼稚園に行き出して、ようやく写真やビデオの整理に着手できそうなので、)今度こそ、邪魔しないでよね」

とくぎを刺した私。

 

だって、夫自らが、「写真、バックアップしたの?」とか、聞くから。

 

引っ越し後でそれどころじゃない。

毎日疲れ果ててバタンキューしてるのに。

(ずっと子供たちの世話や家のこと一人でやっているし、慣れない場所で子供たち連れて遠くのスーパーや公園に歩いて行っている)

 

で、そのときは、「(邪魔)しないよ。約束する。」って言ったけど。

 

昨日今日あたりから、夫の口からだんだん私の仕事・役割を非難する言葉が出始めた。

「あなたの仕事は、子供の物に名前を書くだけ。プレッシャーないから」

とか。

 

もちろん、外の仕事をしなければならない、しかも研究者の夫の仕事で受ける負担は重いだろう。

 

「忙しい」と本人が言うので、私は家のことも子供たちのことも何もしてもらわなくていいと言っている。

夕方職場から家に帰ってきたら、ゆっくり自分のために時間を使ってほしいと思っている。

 

しかし、今度は、「ずっとひとり」と文句を言い始める。

「もっと疲れる」とも言い始める。

 

自由な時間を与えれば与えるほど、リフレッシュするどころか、さらにストレスを増幅させるのだ。

 

結局、のれんに腕押し。

 

 

ワーワーわめくのが目的なのだ。

 

自分の発言に一貫性があるかないかなんて、どうでもいいのだ。

 

だから、私に自由な時間ができて、私がこれまでできなかったことに着手すると、かならずまたワーワー言い出すだろうと予測。

すでにF国入り済み。

 

F国に到着して1週間後に、2年前に行ったC国に1週間ほど足を踏み入れて、またF国に戻ってくるという、相変わらずなことをやっている。

 

そして、夫はその翌日からF国内の別の場所へ。

4泊5日かな。

明日戻ってくる。

 

 

いつもはしつこいスカイプも、今回は朝夕に短いメッセージのやり取りだけ。

私からはコンタクトすることなく、その短いメッセージも、子供の名前で「おやすみ」とか、そんなの。

 

あの人がいなくて淋しいとか、喋りたいとか、そんなことは全く思わない。

ただ必要事項を着実に進めたいだけ。

 

あちらも、F国にいるせいなのか(心が落ち着いて?)、こちらにわざわざ吐き出すことが少ないようだ。

 

 

 

さて、F国出発直前は、今さら

「F国に行きたくない」、

「ここ(夫の国)に戻ってくる」、

などと平気でのたまっていた夫。

 

 

私の弁

 

「『この国には子供たちを住まわせたくない』とか、さんざん言ってたじゃないか。

だから、私も子供たちの言葉(夫の国の言語)、そんなにプッシュしなかった。

『戻ってくる』んなら、あなた一人で戻ってください」

 

 

上の子はもうすぐ学校に上がる歳なのだが、夫が常々「F国で仕事を探したい。この国(夫の国)には住まない」と言っていたから、私としても、そんなに現地語の習得をプッシュしなかった。

 

もし、将来戻ってくるつもりがあるのなら、それこそ短期間でも幼稚園に行かせて、少しでも喋れるように配慮するところだ。

 

今さら、夫の気分転換で、子供たちは現地の学校に行って、言葉ができないせいで苦労をさせたら、私としては承知しない。

 

急に外国に行くことになって、その国の言葉をゼロから学習しなくちゃいけない場合と違って、私たちは、基本、夫の国にいたのだから。

 

さんざん言葉を身につけさせるチャンスがありながら、夫は「この国出たい」とワーワーわめいて、子供たちの現地語習得に心を払うことはなかったのだから。

私はさんざん口を挟んだのに。

 

普通の親なら、子供が自分の母国語をしゃべれるように配慮するところだろう。

 

 

 

で、こういう背景を踏まえて、先の夫との、F国出発直前のやり取りで、私はもちろん反論する。

 

「今までいっぱいチャンスがあったのに、教えずにいて、現地語が不十分な状態で学校に行かせて、子供に要らぬ苦労をさせて、子供たちを苦しめるのは、許さないから」

 

夫の分別のない気分変更で、今まで私が受けた無駄な苦しみ。

それを、子供にまでさせるんだったら、もう家族としては末期状態。

 

 

 

で、ワーワー夫の弁。

 

「F国で、子供たちに言葉教えるの、頑張るから」

 

 

 

 

今まで、現地にいて、これとないチャンスだったのに、F国に行って、どう言葉を身につけさせるのだ???

 

 

そういうことを思いながら、時は流れ、すでにF国。

 

まあ、この3週間、バタバタしていたけれど、

今のところ、彼が張り切って子供たちに夫の国の言葉を教えた瞬間はない。

 

これから彼は家に戻ってきて、徐々にF国での生活が始まるのだけど、この件はどうなるのか。

 

一応、夫は、F国に来てからは、当初の望み通りF国で仕事を見つけてなんとかここに留まる方向を目指してはいるようだ。

 

ってことは、出発直前のあのワーワー「自国へ戻る」発言は、やっぱりしょうもないワーワー、ということか。

 

 

 

 

F国へ渡航する準備をしているときから、私は迷っていた。

 

私は子供たちの日本語強化対策を思案していて、日記を書かせようと思いついた。

 

で、その時、同時に夫の国の言語にも翻訳して読ませたら、結構いい練習になるのではないかと思い付いた。

 

今まで、夫の国に8か月間いて、子供たちは幼稚園には行かず、現地語のレッスンを受けていたのだ。

(でも、さっき書いたとおり、私はそこまで何が何でも覚えてとプッシュはしなかった。)

 

私としては、せっかく少し身につけた現地語を今後どうキープしていくかという視点で考えついたことだ。

 

でも、そこを助けるということは、今後、夫の国に戻ってもいいということを助けることにもなる。

 

 

去年、私と子供たちが日本に滞在中に、ワーワー言い出した夫。

「(離婚)届送って」とわめくものだから、その言葉通りにすればよかったかも、と思った事態があった。

 

 

 

今回、自分が忙しくてバタバタしているというのもあるが、夫を傍観しようと思っている。

 

本人は、「頑張って子供たちに言葉を教える」、と出発前に意気込みを見せていたのであるが、今までの私ならば、子供たちが困った目に遭う事ことを心配して、何度も夫にせっついていたであろう。

 

F国出発前は、子供たちが夫の国の言葉をもっと話せるように協力して、いい家族を作りたいと思う気持ちも表れて、上記の通り迷っていた。

 

でも、今は、夫が自分で頑張って教えると言ったのだから、

とりあえず私は、夫が自分で言ったことをきちんと自分で果たすのか、見てみたい、と思うのだ。

7月に去年に引き続きF国へ行く。

F国での仕事は夫が一番望んでいたものだ。

 

つい春ごろも、「はやくF国に行きたい」を連発していた夫。

それは、この国(夫の母国)での仕事で、いろいろストレスなことがあるからだ。

 

 

それが、ここ数日、何を言っているかというと…

 

 

「F国には行きたくない」

 

 

あるいは、

 

 

「一人になりたい」

「一人でF国に行きたい」

 

とか。

 

 

理由は、「疲れた」から。

 

 

そりゃあ、疲れるに決まっているだろう!

国境越えの引っ越しなんだから。

 

疲れているのはあんただけじゃない。

だから、あんたの相手や世話はいつものようにはできない。


それで、夫はイライラが募り、ワーワーわめく。
私は、それで、引っ越し準備に支障をきたして、よけいに心身が疲労する。


私の口癖↓

疲れたら、横になる。
お腹がすいたら、何か食べる。
何かすぐ食べられるように、自分の好きな物を買って、家に置いておく。(←夫はこれが全くできない。私に「お腹がすいた」と言うのみ。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

去年、夫E国、私と子供たちは日本に、という状況の中で、

夫は体調を崩し、

救急車で運ばれるという事態もあり、

「やっぱり家族と一緒じゃなきゃダメだ」、とのたまっていた。

 

 

それで、夫がそういうことを望むなら、私だって協力はするさ。

 

 

でも、今になって、また

 

一人になりたい

 

だもの。

 

 

 

 

今朝も起きてきて、第一声がワーワー発言だったから、

 

 

「決めたことに対して、まっすぐ前に進みましょうよ!」

「自分で決めたことなのに、(それについて家族は付き合って行くのに、)あとからまた違うことを言い出すのは卑怯だ。」

 

 

と、私も言ってしまった。

そんなことも、子供たちのことも含めて、お話。

 

大人しくそれを聞いて、「○○の手配まだしてない(しなくちゃ)」

とか、「今日は○○する」とか、夫は言い出して。

 

なんだか、身に染みて分かってくれたのかな、と思うと、私もとりあえず今の状況(もちろん15回目の子連れ国境移動だから体はシンドイ)を乗り越えて進もう、と思うけれど。

 

 

そんなに甘くはないんだよな、夫は。

 

 

浮き沈み。

前回の記事を書き、そして、さきほど過去の記事を全部読み直してみた。

 

夫、義父、そして、義母。

 

彼らの行動・発言・傾向のごたごたや不可解さが、発達障害という名のもとに観察すれば、納得のいくものに見えた。

 

 

しんどいことが多い日々ながらも、飛び飛びに4年近く綴ってきたブログ。

過去にあった出来事を思い出し、夫の言動を改めて見返してみると、

やっぱり尋常な行動ではない。

特に、どこの国に住むかということに関して。

 

熟慮し、決断し、行動する。

 

普通はそういうふうに皆行動すると期待するけれど、

あの人は本当にそういう思考回路が働かないのだ。

 

だから、夫の発言・意向に沿って私が行動しても、裏切られるのは当然のことなのだ。

 

本当は日々頻繁に起こっている大なり小なりの出来事のうち、ここに書けているのは、ほんの少しばかりの事件簿だけれど、今、夫はそのうちどのくらいを記憶しているだろうか。

 

自分の言ったことも、夫婦に起こった喧騒も、きっと覚えていないことが大半だろう。

 

この「覚えてない」という言葉自体、夫婦の会話においてよく耳にしてきた。

 

「ちゃんとあったことをいとも簡単に忘れるなんて、こいつ、あり得ん!」といつも憤慨したことも、もし発達障害だとしたら、すべて納得いく。

 

 

ネットで、こういう家族を抱えた人たちのコメントを見ていると、なんとかしてうまくやっていこうと模索しながらも、それでも限界を多々感じて今後のことを考えてしまっている方たちが多い。


 

さっき、2014年の出来事を記した記事(コチラ)を読んで、涙が出た。

 

私は子供たちのことがあるから、過去の酷い状況においても離婚には至ってない。

 

仮に日本に帰って子供たちが幸せになれるのか、ということを考えてしまうから。

(ほんと、普通の人は、そういうことを熟慮して、決断して、発言して、行動に移すよね…)

 

 

過去の様々な出来事に対して、悩み、苦しみ、そして、どうにか自分を変えていこうとしていた自分。

でも、もし相手が発達障害だったとしたら、そんな自分の対応は、全部なすすべがなかったのかと思う。

 

 

今はまだ、家族続行だ。

つまり、まだ続いている転々生活にまた巻き込まれることになる。

 

去年に続いて今度行くF国は、日系の幼稚園や小学校もあって、そう悪い条件ではない。

 

夫の発言に惑わされないようにし、しっかりと自分の生活を守っていきたい。

今日はヘビーな話。

 

 

最近、社会的に認知されるようになってきて、テレビやネットなどでその存在を知った。

 

発達障害

 

ADHDだとかアスペルガーだとか、詳しい区分はよく分からないんだけども、

 

うちの夫は、きっと 発達障害だ と思った。

 

決めつけるのは良くないが、普通のコミュニケーションが取れる相手ではない、というのも確かだ。

 

 

「あの時、『○○』ってあなた言ってたでしょ! 

あなたがそう言ったから、こうしてきたのに!

ちゃんと自分が言ったこと、守ってよね!!!」

 

私たち夫婦のトラブルの例が、上記のような会話が繰り広げられることに表れている。

 

夫は、その場その場の気分で発言をし、家族はそれに振り回されている。

なんて無責任な奴だ。

家族のことを平気で振り回す。

サイテーな男だ。

 

こんな感じに今まで思っていた。

 

それが「夕飯は要らない」みたいな小さな事柄ならまだしも(※「晩御飯は要らない」と夫が昼間言ったのに、夜になって「ご飯は?」とか言ってくる。)、うちの場合は、世界中にあちこち振り回されて、そのせいで、私は自分の心身に相当ダメージを負ってしまった。

 

 

今まで私は、相手の言う矛盾発言を指摘し、

「今度違うこと言いだしても、通用しないから」みたいな対応をしていた。

 

私はそこに、「こう言ったから、今度こそは自分の言ったことを守ってもらえるだろう」と普通に期待していた。

 

私がこう言ったから、相手にもわかってもらえただろう。

だから、やめてくれるだろう。

 

今の今、この記事を書きながら、

ああ、これはもう通用しないのだなと悟った。

(自分に言い聞かせるために強調)

 

 

発達障害かもしれないと思う理由はいくつもある。

 

・何度も同じことを繰り返し聞いてくる。

 

・私に話しかけてくるが、用事があって話しかけてくるわけではないので、しょうもない質問をしてくる。

家事をしている私に、「大丈夫ですか?」とか、行先決まっていて、さあ出発というときに、「どこへ行きますか?」とか。

最初は日本語の問題かと思ったけど、義母にも現地語で同じように話しかけているので、本人の頭の問題。

 

・ある事柄を本人が聞き出したいと思ったら、私が「言いたくない」と言っても、超しつこく怒って「言って、言って」と迫る。

「知りたい」「知らないと気が済まない」という好奇心が強すぎるのだ。

 

・数字的な記憶力がものすごく高い。

 

・私が、例えば、「お義母さんたちは(孫に会いたいがために)F国に来るのかな?」と夫に聞いたら、夫は速攻で義実家に電話を入れて、同じ質問を聞く。

私としては、夫が何か知っているかどうかただ聞きたかっただけで、無理やり電話して義母に確認してほしくはなかった。

「私たちが来てほしいと思っている」とか、変に義父母に勘違いされたくないから。

これまでにも何度か夫は、「ちょっと聞いてみる」という言葉もなく、速攻で電話をかけるので、私はちょっとあっけにとられるのである。

人の言葉を受けて、それをそのまま表面的に行動する。自分の頭の中で考える・想像するという作業が抜け落ちている。

 

コミュニケーションにおいて、大なり小なり 「はあ????」 っと言いたくなるようなやり取りがしょっちゅうだ。

 

 

 

だから、どうする? ということまでは、今は頭が回らない。

さっきも書いたとおり、とりあえず、「こないだこう言ったから、・・・」という期待は通用しないのだということだけ頭に入れて置かなくちゃ。

 

 

 

ネットで見ると、このような障害を持っている人はとても世間にあふれている。

 

夫の父親だってそうだ。

 

夫が軽い障害だったら、彼はとても重いはず。

(二人とも幸運にも理系の研究者という職に就いて、彼らの突出したある高い知能が存分に発揮されていると思う。)

 

もしかしたら、義母もちょっと普通じゃない部分があるかも。

 

同居中にいろいろあったことだけど、相手が迷惑だと思うことなく、自分がしたいと思ったら、私と息子の寝室のドアをいきなり開けたり、息子の入浴中のおふろのドアを(寒い冬なのに)いきなり開けたり。

 

それくらいなら、孫フィーバーかと思っていたが、もう一つ解せないのは、私たち夫婦のみで最初に義実家に居候していたとき。

 

当時、私たちは義父母の寝室に滞在していたのだが、夫婦で何らかのトラブルでちょっと喧嘩しているみたいな雰囲気に陥ったとき、突然義母が部屋に来て、「○○(自分の持ち物)を取ってもいいか?」とか、また別のときには、「(部屋のバルコニーにある)草花に水をやりたい」と言って、部屋に入って来たのだ。

私は、義母の行動に正直、あっけを取られていた。

義母は私たちがなんか口論していることを確実に知っているのに、普通はそういうとき、せめて外から聞き耳を立てるくらいなのに、何ともまあ白々しい理由をつけて、まるで二人のことを偵察に来たかのように部屋に入ってくる。

花に水をやるなんて、あとからでもできるのに。

 

 

こういう人たちに「普通は……○○するだろう/しないだろう」という行動様式は期待できないのだ。

 

 

そして、ちょっと異様かなという片鱗は、私の息子にも見られる。

 

記憶力がものすごい。

あることに対しては、ものすごい強い興味をもつ。

彼独自のルールや自分が正当に思う理由が彼の頭の中にあって、それで他人に対して悪いと怒っている。

何度注意しても、やめないことがある。

 

 

発達障害だからと言って、全くいい面がないわけではない。

そして、そのような障害がなくとも、悪い夫はたくさんいる。

 

こういった発達障害の家族に振り回されて、心身を病むカサンドラ症候群というのもあるそうだ。

 

私は、今の生活において、2時間くらいひたすらボーっとパソコンをいじって、自分の内にあるストレスを追い出す作業を行っている。

睡眠時間を削ってでも、その作業をしないと、心がやられそうになるのがわかるから。

 

正直、これからどうこうしようとか、今は思い浮かばない。

 

でも、とりあえず、

 

ああ、これはもう通用しないのだな   だ。

 

夫はまた今まで彼が言ったことと違うことを言い出してくるだろう。

そして、私が反論すると、またわめくだろう。

 

7月に再びF国に旅立つのだが、正直1年後の予定は未定だ。

夫が「この国(夫の母国)には住まない」と言っているからだ。

 

そこで、去年からずっと、「じゃあどうするつもり?」と議論を重ねて、一応の回答を言わせたのだが・・・・・・・・・・・・

 

「それを守らせる」云々を考えるのではなく、自分と子供たちがどういう道に進めば一番良いのかを考えなくてはならない。

最近とある出来事が持ち上がった。

夫は日本に世話になった恩師がいる。
その恩師と義父は知人の関係で、恩師はこの国に来て義父母の家に滞在したこともある仲なのだ。

この恩師と義父、そして夫は同じ職業。研究者だ。
その職業柄、学会に参加することがあり、世界各地で会うことがある。
妻を同伴していることもある。

去年、恩師と義父が会う機会があって、彼らはこの3月にある場所で行われる学会に参加することにした。
その場所とは、私の生まれ故郷。

学会の開催都市は私の地元ではないが、同じ県で、車で1時間ほどで行ける距離にある。


そんな中、私の両親と夫の両親は未だ会ったことがないと知った恩師は、自分が仲介人になって双方の両親の顔合わせを申し出た。

実は去年私たちが日本滞在中、恩師は私と子供たちを自宅に招待してくれ、せっかくのご厚意なので受けることにした。
隣県に住んでいらっしゃり、私はもともと日本滞在中にその地を訪れる計画をしていたからだ。
全く親戚でもなんでもない方なのに、2泊3日も泊りで行くという、そんなことがあった。

そういう関係もあった上で、今回の申し出があった。

最初に話を聞いた秋頃は、まだF国から戻ってきて、義両親とも会ってない段階で、正直気が進まない気持ちがあった。
それが、正月ちょっと顔を合わせて、何事もなかったかのように2時間ほど過ごして、ま、前回のブログにも心情を書いたようにどうでもいいと思うようになった。
彼らが会いたければ、もうどうぞって感じで。
うちの親も断りはしないだろう。
私も父とはいろいろあったが、離れている今はどうでもよい。

でも、夫もいろいろ思う所があり、結局は1月に恩師からこの件で連絡がきたが、断りの返事をしたのだ。

私はほんとにどっちもどっちの気持ちで、夫とも喧々諤々話をしたが、この会合実現の可否よりも、そんなことで論争になるのが嫌だった。
夫がやっぱり断る気持ちが強いならば、それでいいと思った。


さて、昨日うちの義父母のことを知るある人から、「お義母様はいい人ね。でも、お義父さんは……。私知ってるわよ。
との発言。

彼女から見ても、彼の性格・行動にはいろいろ問題ありとわかるのだね。

最近義実家に子供を預ける際に、彼らが子供たちに何を食べさせたら良いか困っていると夫から聞いた。
子供たちの好物を作ってもあまり食べないと。

私も経験あるからわかるわ。
バナナが好きかどうか聞かれたから、一応「好き」と答えたら、次から「はい、バナナよ。?なんで食べないの?好きでしょ?」
って義母に言われた。
そりゃ、嫌いじゃないけど、毎日バナナ食べたいわけじゃないじゃん!

それで思い出したけれど、
F国にいたときも、一緒に出掛けたときにハンバーガー屋に入って、一応息子のためにハンバーガーを注文した。
でも、息子はあまり食べず、義父は「なんで食べないんだ?」と私にしつこく聞いてきた。
この前喜んでこのハンバーガー屋に来たからといって、今日もハイテンションで食べるとは限らない。
久しぶりに食べるから、喜んで食べるということもあるだろう。
「なんで食べないんだ」「なんで食べないんだ」
今はあまり食べたくないんだなという思考が自分でできないのか?
食べ物見たら、いつでもがっつくわけではない。


正月の食事の時も、義母はしつこく「これ、食べなさい」を何度も何度も息子に繰り返していた。
子供たち、自分のペースでちゃんとたくさん食べているのに、なんでそんなに食べさせようとするんかな。


とにかく、離れているからこそ、お互いの親同士が私たち抜きで顔を合わせることをどうでもいいと感じたのだということを、しみじみ思い直した。
1年にたったの2回会っただけでもよくわかるもの。
これ以上接触していたら、負の感情が沸き上がるだけ。

ある人の発言により、身に染みた。



ちなみに、正月の訪問の時、義母は「これからM子は毎月ここにいらっしゃい」などとのたまっていた。
全く義実家に足を踏み入れていない状態から、ちょっと顔を出したら、すぐ次はこう発想がエスカレートしていく。
私は1年に1回くらい、正月くらいは顔会わしてもいいかという気持ちで行ったのだが。