最近、朝の散歩で足元に咲く小さな花や葉を眺めることを楽しんでいた。
図書館でポケット図鑑を借りて名前を探してみたり、
じーっと見つめて、色や形を観察するだけでなく、太陽に向かって花を開き丈を伸ばす姿に、一生懸命に生きていることを感じて心を動かされたりしていた。
その場所では今、機械を使って黙々と除草作業をする人がいる。
刈った草を、竹箒で山積みにする人がいる。
その草の山を、近くに停まっているゴミ収集車に投げ入れる人がいる。
私の愛した草花たちの姿はどこにもなく、萎びた様子で積まれた雑草の山と少し大きな花や植えられた花々だけが、平らになって開けた地面に嫌でも違和感を味わせながら、ポツン、と残されていた。
わかっているよ、誰も悪くないってことは。
彼らは仕事をしているだけってこと
雑草がたくましく道路まで伸びて、通行の妨げになりそうだったこと
雑草は強いからまた次々に生えてくるってこと
私だって日中は雑草たちに見向きもしていなかったこと
私だって、誰かの「たいせつ」を何も考えずに踏みにじって壊して奪い取った経験があるってこと。
でも、虚しすぎる光景を目の前にして「私の愛した花がそこに居たのに!」って泣いて叫んで訴えたくなったということは、嘘じゃない。本当の気持ち。
私の本心も、考えも、どちらもしっかり感じよう
少なくとも私は、誰かをそんな気持ちにさせてしまうことをできるだけ少なくしたい。と思った。
小さな雑草たちから、また一つ大きな気づきを得たので、ここに残させてください。
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