何かを書き留めるためにこういうアプリを始めると、何か書かなくてはならないという焦燥感に駆られる。非常によろしくない。

 というのも、デザインに一目惚れして新しいノートを買うと、なにか書かないと、と慌てて何かを書くが、それらのノートの最後のページというものをお目にかかる機会なんて一度もなかった。色味に惚れ込んで買ったボールペンがかすむ瞬間にも立ち会えたことがない。


    私には、文房具収集癖があるのだ。
 
 お財布の中が潤っている時に、入っては行けないお店は、ロフト、東急ハンズ、本屋にくっ付いてるいい感じの文房具エリアである。そこに立ち入ってしまったら最後、私のお財布はたちまち砂漠状態となる。しかし買っても後悔しないので、文房具類による財布の砂漠化が数年に一度の恒例行事となってしまっている。
 

 母は、私が買おうとしている文房具をみると「この前あんまり書いてないノート、リビングで見たよ。」と言う。なんにもわかっていない。そうじゃないのだ。ノート一つ買うのにも私の中には、素晴らしい世界観がその都度広がるのだ。簡単に言うと、一目惚れをしたノートを店先で手に取った時、あっ、このノートを持つ女性は映画好きで、観た映画の感想を、ちょっとお高めのカフェのフリースペースでフラペチーノを少しずつ飲みながら書き留めるんだ、
 そう考えて、明日はこのノートを持って、少しお洒落をして、腕時計なんてしちゃって中目黒の本屋と隣接しているスターバックスでこのノートを開こう。と、こんな感じで、どんな場面でどんな心持ちでノートを使うのかもしっかり想像した後に買うのだ。どのノートでもいいのではなく、手に取った瞬間インスピレーションの湧く、このノートでなくてはいけない。絶対。よって、母の言うそんなに使ってないノートは、今まさに買うノートとは全く別物である。
 
 ところが、ここでいつも大問題が発生するのである。ノートを買ったことにより、私の中のストッパーが外れ、ノートに合うボールペンやら付箋やらシールなどを買い漁ることが、財布の砂漠化に繋がり、ちょっとお高めのカフェでフラペチーノを買うお金がなくなってしまったことである。よって、お金が貯まってカフェに行けるまでノートは使えなくなってしまい、お金が貯まった頃に文房具屋に足を運び、今日もまた新たなノートと心通わせるのである。