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気賀沢昌志のブログ

雑誌や書籍の編集・執筆、たまーにシナリオを担当させて頂いております。
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 夜の0時を過ぎたというのに、【電都】秋葉原市のとある埠頭の倉庫にはわずかな活気があった。外から見れば、夜闇の一角に紛れる粗末なボロ家。壁に打ち付けられた補修用の板切れが風雨と潮風に晒されて腐りかけている。しかしそれは偽装された姿でしかない。内部には絢爛な装飾が施されており、赤絨毯の見事な社交場となっていた。

 招待された紳士淑女が身にまとっているのは建物の外観とはミスマッチなドレスに仮面。まるで上流階級の晩餐会だ。会場の隅ではシャンパンを片手に談笑している紳士淑女も確認できる。

 ここはいま、ギャングがドラム式機関銃を携えて徘徊する、怪しい違法オークションの会場になっていた。

 中央には一段高い舞台が設置され、片手に収まるほどのハンマーを手にしたオークショニアが、背後に投影された出品物に反応することなく淡々と値段を口にしている。参加者は意思表示をするだけでいい。オークショニアが抑揚のない声で数字を呟けば、その値段に納得した紳士淑女が頷いたり、手にしたシャンパンを口元の高さまで掲げたりする。反応がなければ落札だ。景気よく「ターン」とハンマーが打ち鳴らされる。

 怪人・影男は天井の梁の陰で息を潜めながら、その様子をじっと観察していた。

 漆黒のソフト帽に漆黒のトレンチコート。顔は不自然な影に覆われていてどこに口があってどこに鼻があるのか分からない。それはピンと立てたトレンチコートの襟の陰になっているからではない。彼はその名の通り全身にまとっていたのだ。「影」を。

 はっきりと確認できるのは不気味に輝く紅い眼だけ。ゴーグルを装着しているようだが紅い反射光しかわからない。年齢も、性別も、人間であるかどうかも不明。それが彼、【電都】の怪人として噂される存在だった。

「さて次に控えますのは、出品番号・参……HGUC 1/144 MSM-004 アッガイです」

 高級な仕立てのスーツに白手袋をはめた紳士が、金細工のトレイを両手で支えながら、うやうやしく舞台に上がってくる。それと同時に、オークショニアの背後に設置されたスクリーンに拡大写真が投影された。

 黒をベースにした紙製パッケージの右半分に描かれているのは、キノコの先端を思わせるフォルムが独特の機械人間。強烈なイメージを与える赤色を全身にまとい、鋭い3本の爪を威嚇するように構えている。紙製パッケージの状態は非常に良く、まさに美術品と呼ぶに相応しい【オブジェクト】だった。

 だが喝采に包まれる会場とは反対に影男は眉をひそめる。これは「アッガイ」なる【ガンダム】ではない。ズゴックだ。それもシャア専用のな……。

 出品する【ガンダム】の区別さえできず、ただ売りさばくだけの闇オークション。当然、参加者もその間違いに気づかない。これが【オブジェクト】を取り囲む環境だった。やれ美術品だ、やれ古代遺産だと騒いだところで、誰も本当の価値に気づいていない。少なくとも、影男に闇オークションの存在を教え、その「救出」を期待した【彼女】以外は……。

 昂る感情を心の奥に押し込めながら、影男は【オブジェクト】を奪取するのに最適な場所を探って、梁の陰から梁の陰へと、まるで影が壁を這うようにスルスルと移動していく。眼下のギャングたちは気付く素振りも見せない。違和感を抱いてその方向に視線を向けても、その時にはすでに立ち去った後だからだ。

「さあまずは300から。350、400、450……」

 オークショニアの無感情な声に応えて、紳士淑女が声もなく意思表示をしていく。はじめは会場の約半数が。そこから次第に数を減らしていく。それを横目で見ながら、会場の後方で推移を見守っていた淑女が隣の紳士に囁いた。

「古代文明の遺産、【オブジェクト】……。研究対象として貴重なのは存じておりますが、それでもまだまだ謎多き存在。いったい、どれだけの金銭的な価値があるのやら……。私には血眼になって競り落としたがる理由が、とてもではありませんが理解できませんわ」

 顔の半分を仮面で隠しているため表情はうかがえないが、その声色からは明らかな困惑が見受けられた。しかし紳士はオークションに夢中で淑女の抗議を真剣に受け止めない。刻一刻と状況が変化する会場に視線を据えたまま、横顔で淑女に囁いた。

「競売にかけられている【オブジェクト】が【ガンプラ】だからさ。【オブジェクト】は世界中で発見されている古代の貴重な遺産で、【ガンプラ】の他にも【フィギュア】や【ビックリマン】など、さまざまなものが存在している。それらすべてが研究中のものであり、ひとつひとつにコレクターがついているんだ。中でもコレクターが多い【ガンプラ】とくれば、例え闇オークションでもこれだけの人間が集まるのは当然のこと。僕はこいつのためなら、別荘のひとつやふたつ、手放しても構わないと思っているよ」

「貴方がこれをどこかの研究所に寄贈して、謎多き古代史の解明に役立ちたいとおっしゃるなら何も申しません。でも見栄のために裏社会に流出した【オブジェクト】に手をつけるとおっしゃるなら残念ですわ。それに陸軍警察隊に目をつけられたらどうするおつもり? 【オブジェクト】絡みとなれば、あの都市伝説の怪人だって……」

 すると紳士は「ふん」と鼻を鳴らした。

「怪人? ああ、影男のことか。そんな噂話を信じているなんてね。ハッ! バカバカしい。怪人が人を喰らうとか、血をすするとか、影の世界に連れ去るとか、胡散臭い怪談の類いじゃないか。そんなものより僕は【オブジェクト】の方が気になるね」

「私よりも?」

「いいかい、学者によると【ガンプラ】には数百年の歴史がある、まさに人類の宝だ。それをみすみす見逃すなんて。都市伝説の怪人がなんだ。そんなもの、どうせ陸軍警察隊が流したデマゴーグさ」

「……そう。そこまでおっしゃるのでしたら勝手にしてくださいまし。そのご様子では、どうせ今日が何の日かも忘れているのでしょう……」

 ほんの一瞬だが、紳士が淑女の表情を横目で追った。だが言い返すつもりはないらしい。期待した反応が得られなかったのか、淑女も気落ちした様子で告げる。「私、ちょっと外の空気を吸ってきます」と。そして冷たい眼差しを紳士に向けながら言い渡した。

「あなたにとって価値のあるものが、必ずしも私にも価値があると思わないでくださいな」

「……ああ」。紳士の生返事。そして周囲のざわめきに紛れて呟く。「キミにとって無価値でも、僕には大切なものがあるんだ……」

 確かに【ガンプラ】は【オブジェクト】の中でも特に人気で、運よく落札できれば有名な絵画を手に入れる以上の満足感と見栄を手にすることができるだろう。成り上がり者にとっては経済界で地位を得るためのパスポートだ。

 そもそも【ガンプラ】の地位が考古学の分野で確かなものになったのは、約10年前に人類最古の【ガンプラ】が発掘されたのがきっかけだった。以来、【ガンプラ】には数百年の歴史があるという学説が囁かれはじめたのだ。

 それまでに発見された【ガンプラ】といえば、パーツを切り取る前の、いわゆる「ランナー」の状態ですでに色がついており、パチパチとパーツを組み立てるだけで完成するものが一般的だった。しかし発掘された【ガンプラ】は色分けがなく白一色。さらに接着剤を使わなければ組み立てられない、なんとも原始的な構造を有していたのである。これに世界の考古学界は沸き立った。常識が覆されたのだ!!

 さらに「リアルグレード」と呼ばれる発展型の【ガンプラ】が発見されたことで学会はパニックに陥った。なにしろ「リアルグレード」はランナーの状態ですでに複数のパーツが組み合わされ、可動する、超未来的な技術が用いられたものだったからだ。まさに超進化の証。異次元のシロモノ!

 つまり【ガンプラ】は、接着剤を必要としていた原始時代、接着剤が不要となりパーツが色分けされた中世期時代、「リアルグレード」に見られるような超文明期と、どう見ても数世紀は要したであろう長い時間の中で進化してきたことが明らかになったのだ。

 だがまだ謎は多い。【ガンプラ】がどんな目的で作られ、ここまでの進化を遂げてきたのか? 文献の全容解明は今も言語学者が悪戦苦闘しているが、いまだ結果が出ないのが実状だ。なにしろ文献は【漢字】【ひらがな】【カタカナ】【英語】【ローマ数字】等々、複数の言語が複雑に絡み合いながらひとつの意味を成しているため、解読には途方もない時間がかかる。その昔、ある詩人が「古代文明を解き明かすのはパンドラの箱を開けるようなものだ」と言ったらしいが、それを痛感しているのが【オブジェクト】に関わる各分野の学者だったのである。

 それでも、これまでの研究でいくつか導き出されたものはある。それが【ガンプラ】を組まずに箱のまま積んでおく「積みプラ信仰」だった。

 古来より人の形をしたものは、災厄の身代わりにしたり、呪いに使ったりされてきた。【ガンプラ】も組まないことで「まだ生まれていない我が子」を表現し、出産の日まで積み上げることで安産祈願をしたらしい。その学説については影男も「なるほど」と頷いたものだった。会場にいる紳士淑女の中にも、きっとそれを目的に参加している者がいるだろう。だが今夜は諦めてもらうしかない。なぜなら今夜は、影男が目を光らせているからだ。

 そうしている間にもアッガイと呼ばれたズゴックが落札され、別荘を売るつもりで参加していた紳士は肩を落としていた。そして次こそは、とグラスを煽って気合いを入れる。

「続く【ガンプラ】は、出品番号・四……ベストメカコレクションNO.25、百獣王ゴライオンです」

「ほう……」。影男が思わず漏らした感嘆の声は、会場のどよめきによってかき消されていた。なにしろゴライオンの【ガンプラ】は珍しい【オブジェクト】で、裏社会にもめったに出回ることがない……と言うよりも、影男でさえ見るのは初めてだった。これなら本日最高値で落札されても不思議はない。「積みプラ」をするなら頂上に置くべきものだ。そう思いながら影男は、腰の裏に忍ばせていた二本の短剣を逆手で抜いた。

 標的は眼下のギャングだ。彼は先ほどから会場の外に配置した手下たちと連絡を取り合っている。きっとギャングのまとめ役だろう。ならば怪人の「仕事」はここが起点となる。素早く、気付かれずに、有利な状況を作るのだ。

 会場に配置されたギャングは50人ほど。そのうち20人は外に配置され、会場内部に残されたのは30人。そのうち約20人が会場に固定された監視役、残りの10名が見回りを指示された遊撃隊だ。それらがこの、まとめ役のギャングの号令を待っている。そこで影男はまず、特殊な効果を持つ短剣を振るって通信用の電波を切断し、まとめ役のギャングの通信機を沈黙させた。

 そうしているうちに「ターン!」。再び落札の合図が打ち鳴らされる。

「それではこちらの【ガンプラ】、ベストメカコレクションNO.25、百獣王ゴライオンはそちらのご夫婦に。おめでとうございます」

 白熱した攻防の余韻を引きずるように、やや緊張感を含んだ拍手が会場を包む。それが落札者を祝福するものではないことは参加者の誰もが理解していた。周りはライバル。それは連れの淑女と言い争った、あの紳士も同様だ。

「続く【ガンプラ】は珍品中の珍品。ジ☆アニメージのカテゴリーより、こちらの【オブジェクト】の登場です」

 オークショニアの紹介とともに、【ガンプラ】を覆う純白の布地がバッと外される。それと同時に、オークショニアの背後のスクリーンに写真が投影された。

「ご覧ください、出品番号・五、バトルスーツ・バイソンです!!」

 しかし会場を覆うはずの歓声は、何人かの淑女が同時に上げた金切声で引き裂かれた。唐突に頭上から降ってきた「影」が、ドラム式機関銃を携えたギャングのひとりを頭上から踏みつけたのである。

「ヤツだ! 全員広間に……」

 無線に呼び掛けようとした、まとめ役のギャングが硬直する。無線が通じない……。だがそれは当然のこと。電波は先ほど、影男の短剣によって切断されているため使い物にならなくなっていたのだ。

 当然、外に配置されたギャングも、広間を離れた見回り組のギャングも広間の異変に気付くのが遅れる。気づいた時には後の祭りだ。出口に殺到する紳士淑女に進路を阻まれ、しばらくは身動きが取れないだろう。その間に影男は広間のギャングを始末していく。

 十字砲火に晒されながら、影になって鉛弾をかわしていく影男。影になって移動している間は、どんなに銃弾を撃ち込まれても傷ひとつ負わない。まるでブラックホールに吸い込まれるようにして、銃弾が漆黒のトレンチコートに飲み込まれるからだ。隙ができたら反撃だ。逆手に構えた短剣の、鋼鉄のナックルガードでギャングをノックアウトしていく。

 囲まれたら蜃気楼の出番だった。電磁波を操ることができる短剣を使えば、特定の条件がなくても蜃気楼を作り出すことができる。ギャングたちには影男が分身したようにしか見えず、混乱したまま相討ちさせられるのだ。

 その姿は逃げ惑う紳士淑女にとっても悪夢だった。不気味にうごめく影が、赤い目を妖しく輝かせながら屈強なギャングたちを次々と昏倒させていく。突如として現れた男は悪魔なのか死神なのか……。しかし彼や彼女がパニックに陥っている間も、影男は流れ弾から紳士淑女を守ろうと、周囲にバラ撒かれる鉛弾を影になって飲み込んでいく。標的はあくまでギャングのみ。一般人を巻き添えにはしない。

 しかし完璧に守り通すのは容易なことではなかった。一瞬の油断で見逃してしまった銃弾が、あの紳士を捉えたのだ!

「ギャッ!!」。声にならない叫びを上げて転倒する紳士。たまらず押さえた腹部からは赤くドロリとしたものが溢れ、絨毯を赤黒く染めていく。

「貴方!!」。人波に揉まれながら声を上げたのは連れの淑女だ。流れに逆行し、両手で必死にかきわけて、どうにか紳士のもとにたどり着こうとする。そして膝から崩れ落ちながら血溜まりに手をついた。

「貴方!! しっかりして貴方!!」

「あ……ああ、キミ、か……。とんだ婚約記念日に、なってしまった、ね……」

 紳士は苦しそうに息を吐きながら、その息にどうにか声を乗せる。

「覚えていらしたの? 私、てっきり……。ごめんなさい……!!」

 淑女の頬を大粒の涙が滑り落ちた。

「あ、謝るのは僕のほうだよ……。ぐふっ!! 【ガンプラ】は、キミのために……。最高の贈り物をしたかったのに……。はぁ、はぁ……」

「何もおっしゃらないで!! 私、贈り物なんて……。貴方さえいれば……!!」

「キミのため、だけじゃない……。はぁ、はぁ……。いずれ産まれてくる子のために、積みプラをしたくて……。はぁ、はぁ……」

 しかしギャングが放つ凶弾は見境がない。影男を仕留めるために八方に放たれた弾丸の一発が、無情にも再び紳士淑女に牙を剥いたのだ。

 ……今度こそお陀仏か!? そう思われた時だった。
 二人の前にひとりの男。そう、影男が身を盾にして弾丸を受け止めたのだ。彼は唖然とする紳士淑女に振り向きもせずに告げる。「巻き添えにして済まない」と。そしてドラム式機関銃を構えたギャングに凛と言い放った。

「陸軍警察隊がまもなく到着する。それまでに頂いていくよ。すべての【ガンプラ】を……」

<了>