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気賀沢昌志のブログ

雑誌や書籍の編集・執筆、たまーにシナリオを担当させて頂いております。
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「超科学オブジェクト……存在してはならない、まるで魔法の道具……」

 

 ガラス張りのミーティング・ルームに通された中原は、強化ガラス越しに作戦フロアを見渡した。その切れ長の目に映るのは、ファイルを小脇に抱えて足早に通り過ぎるスーツ姿の職員に、デスクのモニター画面と睨めっこする私服のアナリスト、電話応対をしている美人は地元警察との調整を行っているのか、それともメディア対応をしているのか……。

 

 とにかく壁面の一番広いスペースを占領する大型スクリーンでは、今まさに強制執行の様子がライブで映し出されていた。ヘリからの空中撮影、防犯カメラ、強制執行チームの目線カメラ……。横幅10メートルほどあるスクリーンの大画面でも窮屈に思えるほど、様々な画面がみっしりと表示されている。それを目の当たりにして中原は思う。「まるで獲物を探す、化け物の複眼のようだ……」と。しかも常に新たな画面が追加され、L字型に整列したウインドゥと忙しそうに入れ替わっていた。

 

 その中では、重装備の強制執行チームが、ラフな服装をした若いテロリストを、統率された動きで包囲しようとしている。1対多数の数で勝る包囲網だ。普段なら室内に踏み込み、自動小銃の銃口を向けて終わりだろう。大げさな装備や人員なんて必要ない。しかし現実は、いかつい強制執行チームが情けない声を上げている。その様子に、大型スクリーンを睨みつける剛田本部長と骨川管理官も、苦々しい表情を浮かべていた。

 

 テロリストが使用する“ドア”は、どこへでも自由に移動することができる超科学オブジェクトだ。そのため“ドア”に撃ちこんだはずの弾丸に背後から襲われたり、“ドア”に引っ張り込まれて、気付けば上空数十メートルの位置から落下させられていた……なんてこともあった。

 

「不思議でしょう?」。コーヒーサーバーを操作しながら、上杉が静かに口を開く。

「技術的なことは詳しくないのですが、どうやら“四次元空間”とやらを利用しているみたいなんです」

 

「四次元空間?」。中原の興味深そうな声に、上杉は人懐こい笑みを浮かべながら「ええ」と頷いた。

 

「四次元空間は、四次元理論と呼ばれる、オカルトにも似たロジックに基づいて発見された第四の空間なんです。そのきっかけは生命科学ですね。つまり、人の魂はどこから産まれ、何処へ還るのか……それを探求するための研究が行われ、結果、人の“念”が行き着く場所として発見されたのが四次元世界です。まあ、僕が学んだのは基本概念だけで、詳しい論文内容まではサッパリでしたけど」

 

「四次元世界を見たことは?」。中原の目が鋭く輝く。

 

「もちろん。でも何もありませんでしたよ。大地もなく、生物もいない。広大な空間が広がっているだけでした。青と濃紺の絵の具がドロドロになり、無秩序に溶け合うようなところ……と言えば伝わるでしょうか。ともかくそれが“概念”の奔流ってやつで、人間の意志に作用し、様々な現象を引き起こすんです」

 

「具体的には?」

 

「そうですね……例えば“ドア”は小型のワープ装置だと言えるでしょう。四次元空間をひとつのワームホールとして捉え、その中を通過することで距離を圧縮するんです。なにしろ四次元世界における距離は、我々が住む三次元世界の距離とは違いますからね。三次元世界で数十キロの距離があったとしても、四次元世界ではゼロにできます。そしてそれを可能にするのが人の意志なんです」

 

「先ほど仰った“概念”が作用する、ということですか?」。中原の表情がにわかに厳しくなる。しかしその変化に上杉は気付かず、問われたことに律儀に答えた。

 

「“ドア”がわざわざ扉の形をしているのは何故だと思いますか? それは、扉の形状をしていれば、どこかへ移動するという意志が明確になります。同時に、目的地もイメージできるでしょう。その時の思考を、脳内電流という形でドアノブ型のスキャナーが読み取り、四次元空間に作用させるんです。座標の固定だって、“ドア”に内蔵された人工知能が処理してくれるので簡単ですよ。これがもしスイッチの形をしていたとしましょう。すると、意図しない場所とつながったり、あるいは別の現象が発生するかもしれません。そういった誤作動を回避するための、扉の形なんですよ」

 

「……人工知能ですって? でもそんなもの……開発はおろか、小型化だって?」

 

「未来世界から持ち込まれたものじゃないかって、もっぱらの噂です。でも我々兵士は知る必要がないことですし、真相は上級職員クラスじゃないと分かりません」

 

 上杉は中原が胸につけているIDを示した。

 

「機密アクセス権ですよ。すべてを知ろうと思うなら、本部長クラスのレベル6か、各部署をまとめるチーフクラスのレベル5は必要ですね。自分はまだ新人なのでレベル2。中原捜査官は……ビジター用のIDですからレベル0ですね」

 

「……どうりで。トイレに行くのにも許可を取るよう、セキュリティーから注意を受けましたよ」。硬い表情をしていた中原が、そう言いながら、少しだけ口角を上げた。

 

 上杉には、それが冗談なのか、本気なのか、よく分からなかった。中原とは会ってまだ数十分しか経っておらず、つねにポーカーフェイスで心の内が読み取れない。普段からの硬い印象から察するに、雰囲気を軽くしようとしていたようにも思えた。だが案内係としては余計なことを考えず、「今日は特に厳しいと思いますよ。なにしろ、尋問室にテロリストの共犯者がいますから」と流した。

 

「なるほど……」。中原は上杉の言葉に納得してから思いつく。「……もしテロリストが、“ドア”を使ってその共犯者を取り戻そうと思ったら?」

 

 上杉はそれを鼻で笑った。そして少しだけ大げさに振る舞い、笑ったことが失礼だと取られないよう、誤魔化しながら告げる。「先ほどから、なんだか取り調べを受けているみたいですね」と。しかし中原が「奇妙な道具を扱うテロリストなんて、はじめてなもので」と言い訳すると、またあの人懐こい笑みを浮かべながら、「構いませんよ」と言い、コーヒーが半分まで満たされた紙コップを中原に差し出した。

 

「彼らがここを襲おうとしても場所を知りません。いくら“ドア”でも、知らない場所へは行けませんからね。それに、仮にこの場所を知ったとしても、施設からは常に干渉波が発せられています」

 

「そうですか。……そうですよね、我ながら馬鹿な質問をしました」

 

 そして中原は紙コップのコーヒーを、ひとくち啜った。

 

「うん、美味い。いいコーヒーサーバーがある職場はいい職場だと、昔の上司がよく言っていましたよ」

 

「どういたしまして。……砂糖は3つで良かったんですよね?」

 

「ええ、よくご存じで」。答えてから中原は気付く。「個人ファイルにはそんなことまで?」

 

 すると上杉は防弾ガラス越しに作戦フロアを見やり、この部署の徹底した管理ぶりを言外に伝えた。しかし中原の興味はそれだけにとどまらず、作戦フロアで忙しそうにしている剛田本部長にも向けられる。今まさに強制執行作戦を執り仕切り、壁面の大型スクリーンを横目で追いながら、アナリストのデスクで何やら難しい顔をしている30代前半の男に。

 

 彼を見つめる中原の視線に感情はなかった。少なくとも上杉には、中原の本心は見抜けない。ただ視界に入っただけのように見える。あるいは、じっと睨みつけているようにも見えた。

 

 その一方で剛田本部長は、中原に対して特別な感情を抱いていない様子だった。こちらに一度、視線を送っただけ。そしてまた普段通りに作戦の指揮を執りつつ、隣でじっと腕を組み、推移を見守る骨川管理官に何やら話しかけた。その様子は明らかに他人だ。中原の刺すような視線に反応したにすぎない。ではなぜ、あんな目で中原は見つめていたのか? 疑問に思った上杉が中原に尋ねようとした時だった。

 

「……テロリストの動きがおかしい」

 

 今までとは違う、緊張した声を中原が漏らす。それに釣られるようにして、上杉も大型スクリーンに目を移した。その中でテロリストは、しきりに自分の腕時計を気にしているように見える。

 

「……時間? 時間を気にしているのか……?」

 

 その時だった。

 

 『ガコン!』

 

 システムが停止する機械的な音がフロアに響いたかと思うと、照明が一斉に落ちる。周囲を包むのは、闇、闇、闇。……停電?誰もが周囲に目を走らせる。それと同時に、何かに気付いた剛田本部長が、フロア全体に声を張り上げた。

 

「コード・レッド! 総員、戦闘態勢! コード・レッドだ!」

 

 

……つづく。