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気賀沢昌志のブログ

雑誌や書籍の編集・執筆、たまーにシナリオを担当させて頂いております。
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 東京府、午後11時3分。<財団>の研究施設は鉛筆の転がるわずかな音さえはっきり聞こえてきそうなほど不気味な静寂に包まれていた。カツン……カツン……。そこへ響いてくるのは二人の警備員の無機質な靴音。ゆらりと揺れる懐中電灯の灯りはさながら墓場を浮遊する人魂だ。右へ、左へと揺れながら、日々の通過儀礼を退屈そうにこなしている。

「どうしたんです?」

 不意に足を止めた初老の警備員を不思議に思い、若い警備員も同じ方向に視線を向けた。

 30メートルほど先だろうか。とある研究室の、頑丈そうな扉の覗き窓から明かりが漏れている。その明かりを前に、初老の警備員は吐き捨てるように声を絞り出した。「……また<博士>の研究室だ」

 この時間でもこうこうと明かりを灯しているのは、研究棟では<博士>の研究室だけだった。なにしろつい最近、新たに出土した遺物が運び込まれたばかりであり、20人ほどの研究員が寝食を忘れて、新たな謎の解明に熱を上げていたのである。

 彼らにとってはこれからが本番だ。もちろん夜間の作業は、施設の責任者である<令嬢>が禁止している。それでも彼らは本能に突き動かされた野生動物のように、ひたすら「真実」めがけて突進していた。それはきっと、納得できる研究結果が得られるまで止まることはない。

「新米、もういい。戻るぞ」

「え? ですが……そこの研究室が、まだ……」

「いいんだ。お前もああはなりたくないだろう」

 そして窓の外に視線を移し、夜闇に溶け込む中庭を見つめる。

「あそこに半壊した建物があるだろう。つい先週まで研究棟だったものだ」

「それじゃ、あれが例の事故の?」

「……ああ。遺物の扱いを間違えてあの有様さ。負傷者40名、死者70名、行方不明者はいまだ6名いる」

 若い警備員はゴクリとつばを飲み込んだ。

「でも、遺物がすべて危険なわけではないでしょう」

「……ところが噂じゃ、そうとうな代物って話だ」

 <博士>の研究室に持ち込まれた遺物は、便宜的に<スイッチ>と呼ばれていた。大きさは手のひらに乗る程度。黒い板状をしており、前面がピカピカに磨き上げられた鏡のようになっている。板の左右にはボタンやら小さな取手が配置されていて、何かを操作するための装置であることは明白であった。

「なんでもその遺物の裏面に、古代文字で大きく<スイッチ>と記されていたらしい。まぁ呼び方はどうあれ、起動装置型の遺物はロクなことにならん」。そして初老の警備員は声をひそめて「他言無用だぞ」と釘を刺してから告げた。「……<博士>のところで研究している<スイッチ>は、人を爆弾に変える超兵器らしい」

「にっ……人間を爆弾に!?」

「ああ。人間を爆弾に変えることができるスイッチ……その名も『超爆弾男』。古代の人間ってのは残酷さ。殺し合いさえゲームにしちまう。そんな奴らだから文明をひとつ滅ぼすまで、己の愚かさに気付かなかったんだろう。研究室にうっかり近付いて厄介事に巻き込まれでもしたら大変だ。いいか、明日からはお前ひとりでここを回ることになるが、命が惜しかったら、絶対に<博士>の研究室には近づくなよ……」

「<スイッチ>……なんて恐ろしい機械なんだ……」

 若い警備員の視線の先には半壊した旧研究棟。その哀れなシルエットが、まるで悪魔のようにゆらめいて見える。どうりで給料がいいはずだ……そんな思いが彼の頭をよぎった。

 その時だった。「……パン! パンパンパン!!」。どこからともなく聞こえてきた破裂音に、初老の警備員も若い警備員も思わず「ひいっ!!」と震え上がる。そしてそのまま一目散に廊下の向こうへと逃げていった。

「…………ふん」

 通路のちょうど反対側から姿を現した白衣の男は、警備員たちの小さな背中を見つめながら、面白くなさそうに鼻を鳴らした。警備員連中が自分たちの研究室をどう見ているかはよく知っている。それを腹立たしく思うときもあるが、余計な邪魔が入らないという点では必ずしも悪い状況とは言えなかった。なにしろ遺物は特別な存在だ。もしもの事態が発生したときに、何も知らない素人では足手まといになるだけである。それならいっそ、普段から距離を取っておいてくれたほうが楽だ。それにしても……。

 <博士>は研究室の前に立つと、「ガチャン! ……ギギギギギィィ」。ハンドルを回してブ厚い鋼鉄の扉を開いた。そして室内に足を踏み入れると同時に、落ち着いた声音で言い渡す。

「……まだいたのか。今日は早く帰れと言ったはずだぞ」

「は……<博士>! もう帰られたのでは……!」

 研究員たちが<博士>に圧倒されるのは、なにもその肩書きとキャリアだけが原因ではない。180センチほどある背丈の迫力に、切れ長の目の鋭い眼差し。意志の強さだけではなく、彼の目には他者を圧倒するものが宿っていた。年齢は40前後だが、鍛え上げられた肉体は研究者というよりはアスリートで、白衣を着用していなければどこかの用心棒と勘違いするほど、この研究施設ではもっとも異質な存在だった。

「神聖な研究室で、なんとバチあたりな……」

 室内はとてもではないが、まともな研究環境とは言い難い状況にあった。本来なら中央には<スイッチ>を保管するシリンダーが陣取り、壁際にぎっしりと配置されたコンピュータで淡々とデータを取っているはず。

 しかし今は、図書館の本棚かと思うくらい背の高い解析用のコンピュータに無神経な飾り付けがされ、吐き出されるパンチテープと絡まるのではないかとヒヤヒヤする有様だ。それに鳴らされたクラッカーが床に散乱し、どこから持ってきたか分からない長机には、外から配達させたであろう安っぽい料理が並べられていた。

「……ふん。部外者まで立ち入らせるとは」。不機嫌そうに鼻を鳴らし、<博士>は研究員たちを一瞥する。

「ここで扱っているものが人類にとってどれほど貴重で、扱う者の命をどれだけ危険に晒すか、いまさら説明するまでもないと思っていたが」

「す……すみません……」

「言い訳はいい。片づけは明日だ。さっさと帰れ」

「本当に……申し訳ありません……。じつは今日、こいつがついにプロポーズをしたって言うんで、それでつい……」

「……プロポーズ?」

 <博士>の目から、先ほどまでの厳しさがスッと消える。確かに、輪の中心にいる男女の研究員の薬指には、昼間にはなかったシンプルな指輪が輝いていた。

「そうか……。だがここは神聖な研究室だ。今日のところは帰って反省し……」

 <博士>が苛立ちを抑えながら、手近の研究員を外に連れ出そうとしたその時だった。「ガガガガガガガガ……!!」。唐突に鳴り響く、自動小銃の稲妻のような咆哮。それと同時に、研究員たちの白衣がみるみる赤黒いものに染まっていく。

 ……すべては一瞬の出来事だった。頑丈な扉の前に立っていた<博士>を押しのけてなだれ込んだ一団が、手にした自動小銃で研究員たちを一斉に蜂の巣にしたのだ。

 悲鳴など上げる余裕などなかった。いや、もしかしたら、けたたましく咆哮する自動小銃が命乞いの声をかき消していたのかもしれない。とにかく、不意の乱入者が研究員たちの命を、静寂を、嵐のような猛烈さで奪ったのである。

 一団はなんとも奇妙な姿をしていた。スーツとソフト帽で身なりを整えた紳士かと思いきや、赤茶色をした鋼鉄の顔と、ハサミのような形状をした腕を袖口から覗かせ、顔色ひとつ変えることなく淡々と自動小銃を乱射していたのである。

「……ロ……ロボット!?」

 研究員のひとりが血の海の中でわずかに呟く。だがその彼もバラまかれる銃弾の嵐に巻き込まれ、たちまち絶命してしまった。

「あー、やっぱり撃ち尽くすまで止まらなかったか……。これだから安物のロボットは……」

 最後に姿を現したのは人間だった。人間の男。彼はリボルバー式の拳銃を片手で弄びながら、今しがた心臓を撃ち抜かれた研究員を見下ろしタバコに火をつける。そして「ふう」と煙を吐き出して、壁際で呆然としている<博士>に火のついたままのタバコを投げつけた。

「さて、そこのシリンダーからお宝を取り出してもらおうか? くれぐれも丁寧にな、大事な商品だ」

「…………」

「どうした、さっさと立てよ学者センセイ」

 ……ガチャリ。男は撃鉄を起こし、<博士>の額に銃口を押し付ける。

「…………」

「……ん? なんて言った?」

「…………」

「はっきり言えと……!」

 男が引き金に力を入れようとした、まさにその時だった。不意に<博士>が動いたかと思うと、刹那、男の胸に一本の注射針が突き刺される。

「こ……こいつは、何の……!?」

 しかし最後まで言葉が紡がれることはなかった。男はたちまち緑色のスライムと化し、「ベチャッ!」と床に崩れ落ちたのだ。<博士>は男だったモノを冷たい眼差しで見下ろすと、感情のない声で「この薬も失敗か……」と呟く。そして「調子に乗るなよ、クズが」と吐き捨て、室内中央のシリンダーに悠然と歩み寄った。

 それから<博士>が研究室を去るまで3分とかからなかった。手際よく<スイッチ>を取り出し、あらかじめ用意しておいたアタッシュケースに詰め込む。それから男のスーツのポケットを探り、連絡先らしきメモを奪った。退出直前、若い研究員が虫の息で<博士>に助けを求めたが、それも問題なかった。

 <博士>は男が握っていた拳銃を拾い上げると、「……バン!」。正確に研究員の額を撃ち抜いた。そこにためらいはない。そして<博士>は男からの指示を待っていたロボットに「行くぞ」と声をかけ、研究室を後にしようとした。

「…………」

 <博士>の計画で予定外の行動があったのはその時だけだった。彼は研究員たちの骸に一度だけ振り向き、しばし立ち尽くす。

 その後、現場に駆け付けた警官たちは、凄惨な地獄絵図の中で不思議な光景を目の当たりにするはずだ。苦悶の表情で絶命する研究員の死体の山。その中で倒れ伏す若い男女の研究員の手と手が、何者かによって繋げられていたのである……。


【つづく】