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任務を了解

JUSTで意思疎通

こんにちは。ここ最近のフラストレーションを一気に解消だぜ!

あんまり神曲がなくて、がっかりな上に、グルーブしねえぇぇ!という按配で、しっくりこない、出したいノリが出せませんでしたが、ここにきてktkr!

やっぱりグルーブを再現するには、グルーブした経験に、弾き倒しまくって感覚を呼び起こし、現在の音に調整することが一番だねグルーブすることに関しては人それぞれやり方はあると思うのだけど、グループ体験と言うのは共通じゃないかと。手つなぎイベントで、一回成功したあとは、その後は無条件で手つなぎ可能なのに似ているかもしれないですね。要は初体験が重要なわけですwww


片っ端から耳コピしまくってましたな。グルーブに大事なのは根性と冷静な感性です。
時たま耳にする話があります。ベーシストが作る曲は良い曲がおおいというものです。


私見を披露させて頂きますと、迷信だと思います。


これは理論的な話がされる際に、例示されたりするものです。ベーシストは、低音が和声的な音楽において司る働きと親しい。そのため、コードの機能、ファンクションを理解、応用し、優れた働きを曲の中でさせることができる、と考えられているから来たのだと思われます。


統計的な数字があるならば、是非拝見したいものですが、そんなものはおそらく存在しないのではないでしょうか。
まず、結論たるところに、定義不可能な良い曲という言葉があります。
良い曲の定義など人それぞれ、主観によるということ。さらに、理論を語る場で、売上上のことを述べるのではないということ。二点により、数値化することはできません。よって、数値化できないならば、計数することもかなわず、良曲が多いといった説は、成り立たないものと判断します。これがセールス観点からの話であれば、データはとれるのでしょうが。


さらに不可解な点があります。ベーシストが作る曲。ベーシストとは誰のことをさすのでしょうか。

一般的に考えると、楽器演奏者というのは、プロ、アマ問わず、複数の楽器を弾くものだと思います。或いは何らかの形で、かかわるはずです。一つの楽器にこだわる人はたくさんいるでしょうし、それ自体は専門性を突き詰める上で重要なことです。しかし、その一つにたどり着くまでに、いくつかの楽器にはかかわるでしょうし、ソロ演奏者でなければ、他の楽器との関わりなくして良好な演奏はありえません。少しも見向きもしないのは、良演の放棄ともいえます。

メインに弾く楽器がなんであれ、いくつかの楽器の視点がある以上、感性の線引きは困難です。

述べられている、ベーシストの作る曲、と言うのは、ベーシストの感性によって作られる曲、ととることができます。単にベースをメインに弾く人が作る曲、と言う意味ならば、それは表面的、場面一点上の役割で括弧付けをしているに過ぎず、理論を語る場で述べるべきことではないでしょう。
そして、ベーシストの感性によって作られた曲と言うのは、証明できないことです。既述の感性の線引きという観点から。
どこからどこまでがベーシストならではの感性なのか。コードのルート、オンコードのベース部、それらの進行。このようなことが思い浮かびますが、これらはベーシストだけが得るものではありません。ピアノでもこれらの感覚はえられるでしょうし、習得の過程の話でもありません。それこそ、証明不可能です。

仮にこう考えるならばどうでしょうか。
曲というのは本来どのような形態でも構わないわけです。某無音演奏曲のようなことも、表現の一言で済む便利な世界です。
考えるに、ベースのみで演奏される曲は、ベーシストの感性で作られた曲になりえます。しかし、そこで旋律的表現等をしては、そうは呼べません。ならば。
例えば、ルート音のみで、コード進行をたどる曲。或いはコード構成音をルートはじめで構築し、画一的リズムパターンなんかでもベース的と言えそうです。

しかしここでお気付きになることはありませんか?
そう、これは、要するに複数楽器からなる楽曲から、ベースラインをぬきだしたものです。これでは、むしろ考え方としては、曲の要素を省いたマイナストラックでしかありません。つまり曲という形式とは言えず、また、良曲でもありません。


以上のような理由たちにより、ベーシストの作る良い曲事態が幻で、それらが多い少ないで言うこともふさわしくないと考えます。


本論としては以上までですが、余談として私が曲作る時、ベースでつくるとやりやすいのですよ。使い慣れてるもので作るのが、一番よいのでは、というオマケのオチもつけてしめさせて頂きます。ー
制作時間の都合。
妥協できない観点。
イメージの具現化。


とある理由から、別に明示してもいいのですけど、ラジオを制作すると言う都合、所謂、楽曲ではなく、楽曲という表現も含有性があるか、歌もの的構成の曲ではない曲をつくりまして。うー、苦しいな、この表現も。

BGMです。明言を避ける文体は自分の文章では多用される表現ではあるのだけれど、たまに難解なことがあります。対象の曖昧さのせいです。

これが面白い。
ホントにイメージだけで曲になります。ぼんやりしていてもつくりはじめれば形になる。

目的に向かうものだからでしょうか、と考えています。BGMは数分でほぼ決まり、数十分で形になります。
歌物作っているときのようなストレスがほぼゼロであるのです。

エゴイズムの大きさの問題ではないかといえますでしょうか。良くも悪くも、BGMは音楽的作用を利用し、何かに使われるという側面からかな。

単純に曲が短いってのもあるが。それだけで完結するようなショートストーリーは、分かりやすさも大事です。



ていうかバンドものじゃないと、モチベが保てん。基本的に集中して一気に作れないと、その曲は素材用としてフォルダに格納されます。そうやってストックされた曲素材がたまりまくっています・・・。


Uターンです。五度以下の気温に適応しだしたのがびっくりです。東京が暖かく感じたらいいなぁ。