小学生の時にバレエのコンクールで賞を取った時、「やったー!」とうれしくなったのも一瞬のことで、心の底から「私ってすごい!」といった自己肯定感を感じていたわけではなかった。

 

バレエは「自分が本当にやりたい」ということではなく「親から押し付けられていた」からなのだろう。

 

いつの頃からか「親から押し付けられた価値観」を「自分が本当にやりたいこと」と錯覚していたのだとSは過去を振り返って私に語った。

 

就活をきっかけに自己を掘り下げ、いままでの人生に「自分」という主人公がいなかったことを悔やみ、そのように導いた母を心底憎んだ。

 

少し酔いが回り始めたS子は、憎い母に対して汚い言葉で罵り、そのあまりに汚い言葉に斜め左のテーブルにいたカップルが驚いてこちらを向いた。

 

「就活もやめて、大学も中退して、海外放浪の旅にでも出ようかな。」冗談とも本心とも聞こえるような気持ちを私に打ち明けるのだった。

 

「今までは、今まで。そんな自分に気づいたんだったら、就職を機に『自分が主人公になる』人生を歩み始めればいいんじゃない?」S子の苦しさも理解できていない私は無責任に言った。

 

「そんな急に、自分を変えることなんかできるのかなぁ~。」

 

心の整理がまだできていない様子のS子はお気に入りのグレープフルーツサワーを飲み干した。

 

 

「あなたの毒親アンケート」こちら から。

 

S子が母親を「毒親」と認識したのは、就活を意識しはじめた大学3年生の頃だった。(「毒親」という言葉は存在しなかったが・・・)

 

就活では「自己分析」が大切ということで、自分の今までの人生を振り返ったのだ。

 

自分は何に興味を持ち、何に打ち込んできたのか?

 

そして、そこでどんな達成感を感じ、何を得たのか?

 

考えれば考えるほど、そこに「自分」というものが存在していないことに気づき愕然としたのだった。

 

母親から言われるがままに、あるいは、言われなくても「母はこういうことを私に期待しているだろう」と母の気持ちを「先取り」して(自分の本当の気持ちを押し殺して)、自分の行動を決めてきた。

 

「今までの私って何だったんだろう。」

 

就活での「自己分析」で「自分の強味」「自分がやりたいこと」を発見するつもりだったが、「母の操り人形」に過ぎなかったことに気づき、死にたい気持ちになったのだった。

 

 

「あなたの毒親アンケート」こちら から。

 

 

 

 

 

私は法学部、S子は商学部。

 

私は自宅の埼玉県から通学、S子は熊本県出身で神奈川県に下宿していた。

 

同じスキーサークルに所属していたものの、彼氏・彼女の関係ではなかったものの、二人で食事や飲みに行くことは多かった。

 

S子のサバサバしている性格は一緒にいて楽だったし、どちらかというと中性的な私はS子にとっても話をしやすい相手だったのかもしれない。

 

S子から「生きづらさ」の発言がっ出始めたのは、二人で会うようになって4、5か月してからだっただろうか。

 

「毒親」という言葉がなかったあの頃、S子は自分の生きづらさが母の影響によるものだということを実家を離れて大学生活を過ごす中で、徐々に認識し始めたようだった。

 

母に多くの習い事を「させられていた」S子は従順に習い事を続け、それぞれの習い事で賞を取るなど成果をだすことで、母が喜ぶことを自分の喜びに置き換えることを身に着けていったのである。

 

「母が喜ぶ」「母をガッカリさせたくない」と母を基準に自分の行動を決定するので、結果が出て「母が喜ぶ」一時は自分もうれしく、モチベーションも高まるが、すぐに「なんとも言えない虚無感」に陥る日々を送っていたとS子はしみじみと語っていた。

 

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「毒親」といった言葉などない、30年以上前の私が大学生だった頃。

 

同じサークルにいた女性S子(カノジョではない)と居酒屋で二人で飲んでいる時、「生きづらさ」を吐露しはじめた。

 

厳しい親に育てられたS子の母は、S子が幼い頃からS子の教育に熱心だったという。

 

S子の母はともに教育者だった両親厳しく育てられたおかげで、当時では珍しくいわゆる一流の大学に入学、企業へ就職。

 

優秀だったため、就職したアパレル関連の企業でも、「男性顔負け」の活躍ぶりだったという。

 

父との結婚を機に「寿退社」し、それ以来。専業主婦として生きてきたらしい。

 

「男女雇用機会均等法」などもない時代のせいもあったが、結婚を機に、その後の自分のキャリアを築き上げることができなかった母の無念の思いは強く、そのエネルギーはS子へと向かった。

 

そんなS子の母は、S子の意思に関係なく「ピアノ」「バレエ」「水泳」「習字」「そろばん」といった習い事を強いたのです。

 

いわゆる「優等生タイプ」で、親の期待を裏切りたくないという考え方をもっていたS子は母の言うことを反発せずに聞いてきたという。(内心では「そんなことしたくない」「友達とママゴトをして遊びたい」という思いはあったが、母のがっかりする顔をみたくないという気持ちが上回っていたらしい。)

 

こんなS子は母という「毒親」の支配下に徐々に取り込まれていくのでした。

 

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・どんな場面でも、あなたの価値観を否定して、自分の価値観を押し付けてくるI(きた)

 

・暴力や暴言によって、あなたを痛みつける(つけた)

 

・あなたの存在を無視(ネグレクト)し、関心があるのは家庭外(異性など)にばかり

 

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