2歳からのマスクの推奨というニュースを目にしました。

 

メニュースを見て驚きました。

 

小学生がマスクをずっとして生活することにも私はまだ不安な面がたくさんあると思ってます。

 

2歳なんて。。。。

 

これを決めてメディアに流そうとした人は2歳の子とと30分でも真剣に遊んだ事はあるのでしょうか?

 

どう考えても無理なことだと思います。

 

保育者や大人がずっと気にしてマスクをつける事を教えれば2歳でもマスクはして生活する子もいるでしょう。

メリットはなんだろう?

 

デメリットしか浮かんでこない。

 

呼吸はどうかな?

話すとき苦しくないかな?

表情を読む力はどうなるのかな?

 

五感を使って右脳が全開の乳幼児の何を根拠にマスクを推奨させるのかが私には本当にわかりませんでした。

 

たくさん笑って、覚えた言葉を思う存分に使って、泣いて叫んで声を出す。

 

泣く事も笑う事も話す事も我慢しなければならないのか。

 

何でも口に入れて確かめるのが乳幼児ならではです。

 

2歳でもまだまだ口に入れる子もいます。

 

口に入れて確かめること、その確かめた気持ちを共有できる喜びを感じるのが乳幼児だ。

 

無理強いはしないでいいといいながら、初めは2メートル空いてればマスクを外していいといっていたのに。

いつのまにか大人も子どもたちはずっとしている。

 

それを乳幼児まで強制するのか?

大きく息をすって、音を感じて音を出す。

 

これをすべての乳幼児が体験すべきだと思います。

本当はすべての子どもたちにも無理強いはしてはいけない。

 

そう思います。

今までたくさんの赤ちゃんを見てきました。

 

お母さんが落ち着いていて余裕があると、不思議と赤ちゃんも落ち着いています。

 

本当におだやかで、暖かく幸せに満ちていて安心している赤ちゃん。

 

赤ちゃん=泣く というのは違うんだなと感じた事があります。

 

おだやかな赤ちゃんは泣くといっても泣き声もおだやかなので、聞いている方も安心できる。

排泄なんだね、おなか空いたんだね、抱っこしてほしいんだね

 

そう、安心して声を聞く事ができる。

 

本当に不思議なものです。

 

だから赤ちゃんは泣くのが当たり前ではなく、泣くには必ず理由がある事を経験から学んだ。

 

お母さんの心はどうかな?無理してないかな?やすめてるかな?困ってないかな?

お母さん、どんなもの食べているかな?笑ってるかな?

体、冷えてないかな?

お風呂に入れてるかな?お散歩してるかな?楽しく過ごしているかな

 

色々な角度で赤ちゃんと向き合う。

赤ちゃんだけではなくてそこにいないお母さんをずっと感じながら保育をする。

 

今はお母さんだけではなくて、有害物質や電磁波や環境も赤ちゃんは敏感に感じる子もいるから、そんな角度からも向き合ってみる。

 

赤ちゃんは100%で生まれてくる、むしろ何パーセントとか可能性に変えられないとすら感じる。

だってその赤ちゃんのひいおばあちゃんの代からの心と食事の栄養が詰まっている。

もう科学でも証明されている。

それを知った時私は赤ちゃんに自然と手を合わせてしまった。

 

私たち大人は赤ちゃんよりも感じる事が減ってきている、

赤ちゃんは何も知らなくて、何もわからないと感じていたら大間違いだ。

だからこそ赤ちゃんの声に耳を傾ける。

 

話せないけど、話せる時の楽しさを知ると、本当にこちらも満たされていく。

 

毎日見ている赤ちゃんの体を触ると、お母さんの状態もわかってくるようになる。

 

それを体と心で感じた時に、あぁお母さんと赤ちゃんは一体なんだと実感した。

 

赤ちゃんだけと向き合っていてもだめなんだねと赤ちゃんから教わった。

 

赤ちゃんとまたお話したいなぁ

お母さんたちと向き合いたいなぁ

 

今日もたくさんの赤ちゃんたちがおだやかに過ごせていますように。

お母さんたちの心がおだやかに過ごせていますように。

 

 

本当に努力も苦労もしなくても、今の子どもたちは生まれ持った才能を各々がもって生まれてきてると思います。

 

私たち昭和の人間は苦労をして、努力をして当たり前の時代。

私は昭和ももう終わるころでしたが、両親や祖父母の時代、特に女の人は苦労が当たり前の時代だった。

 

好きな事もできず、楽しい事をするなら苦労をするのが当たり前。

苦労をしてみんな同じ事をしてそれが正しいと思って這い上がったものが勝者みたいな時代。

 

でも今の令和の子どもたちを見ていると、生きている感覚があまりにも違う。

 

そして生まれもった才能がある。

 

基本的な事を少し教えただけで、

数字を読むのがとても得意な子。

乗り物に興味津々な子。

小さい子の面倒が上手な子。

絵を書くのがうまい子。

虫にとても詳しくなる子。

 

私が見てきた子はここ5年ほどで生まれた子だけど、それぞれの才能が分かりやすいくらいに表現出来て、素晴らしいなと感動しました。

 

もちろんそれぞれ個性や性格は違うのは今も昔も変わらないけど、

個性や才能のカラーの濃さが強い感じがする。

そして表現するのがとても上手だ。

 

だから「みんな同じ事をする」なんて今の子どもたちに通用しない事はすぐにわかる。

 

大人の都合、社会の都合の為に子どもたちを動かそうとするだけで、子どもがいやだとサインを送ってくる。

 

それをくみ取って、つぶさないで教育をしていくにはどうしたらいいのかを大人が考えないとだよなぁ。

 

才能を見つけて伸ばしてあげられる環境があれば、どんどんのめりこんで伸びていって才能を開花させるだろう。

 

令和の子どもは表現の才能だの塊だと思ってる。

 

教えなくても魂が知っている。

それぞれの生まれ持った才能を表現する。

 

それが令和の子どもだ。

 

私はそんな子どもたちを見習っていきたい。

 

今の10代の子どもたちを見ていてもyoutubeとかで楽しく仕事をしている人がたくさんいる。

それを見習って楽しい事で表現する大人がたくさんいて、全然違う働き方や生き方になってる。

 

あと10年したら今の子どもたちは何をしていくんだろう。

 

もう想像もできない楽しい表現方法で生き方を見せてくれるんだろうな。

 

子どもたちの未来はきっと明るいに違うない。

大丈夫だ。

 

 

休んでいいんだよ。

 

のんびりしていいんだよ。

 

無理しなくていいんだよ。

 

学校、仕事、無理しなくていいんだよ。

 

それ本当にしたいこと?

 

今やらなきゃいけないこと?

 

信頼している人と一緒に暮らしている?

 

困ったときは助けてっていえてる?

 

寂しいっていえてる?

 

誰とどこで何をしたいか心に聞いてる?

 

みんながしているから、やっていない?

 

みんながそういうから正しいのかな?

 

自分はどうしたいの?

 

情報に振り回されず、五感で感じてるかな?

 

楽しい!って心から思えることしてる?

幸せって心から思えることしてる?

 

起こっていることのどこかに問いがあって答えがきっとある。

 

不安や恐れがあるからきっと教えてくれてるんじゃないかな。

 

自分に目を向けなさいって。

 

コロちゃんはそれを教えてくれてるんじゃないのかな。

 

自分に問いただそう。

 

コロちゃん、ありがとう。

 

小学校でもどんどん広がってきている感染症。

 

仕方ないですよね。

軽症で子どもたちが済んでいるのが安心です。

 

感染者が一桁の時がとても懐かしく感じます。

 

息子から「給食で全く話してはダメになった」「完璧に黙食しろ」って厳しい。と言っていました。

 

先生たちも大変な状況だとは思うけど、子どもたちはそのピリッとした空気を読み取って頑張っているんだろうなぁ。

 

「ママが今子どもになって給食黙食って言われたら何楽しい事考えるかなぁ~」と言ったら

 

息子は「どんだけたくさん給食食べられるか競争してる」と言いました。

 

いいねー!!!

 

それから何か黙っても楽しく給食食べられる方法ないかなぁ?と息子と話しをしていました。

 

「変な顔して食べるとか?」

「どんだけ音をたてないで食べられるかとか?」

 

「逆に音たてて食べるとかね!」

 

ハハハーッ!

 

黙って前を向いて食べなくてはいけない。

 

こうしなければならない。

 

自分にとってきつい状況でも、常に楽しい事を考える力をもってほしい。

 

常に行動していく力をもってほしい。

 

じゃあこれしたら楽しいかな?

じゃあこうしてみようかな?

 

頭を使って体を使ってみると、新しい発見や感覚を覚える。

 

どんな状況でも楽しいこと考えてやってみよう!!!

 

黙って食べる黙食って言い方もどうにかならないかね。

 

静食とか?言い方変えるだけで子どもたちの気持ちのとらえ方って違うと思うんだけどなぁ

 

楽しい方向に少しでもなっていきますように。