同居を始めてすぐ、義母は仕事を辞めた。

週に3回の透析以外は、ほとんど家にいた。

私も三女を出産するタイミングで仕事を辞めていたから、義母とふたりで家にいる時間が増えていった。

とはいえ、最初の1年は、今振り返っても悪くなかったと思う。

もちろん、細かい違和感はあった。たとえば、食洗機の中でプラスチック製の容器が溶けていたり、コーヒーマシンからコーヒーがあふれて、家電が水浸しになっていたり…

義母は几帳面とは言いがたい性格で、そのたびに私は黙って片づけをしていた。

それでも不満には感じなかった。

養母は生活費こそ入れていなかったけれど、食材の買い物を

してきてくれたり、年に1回温泉や旅行に連れて行ってくれたり、何かとお金を出してくれていた。それで充分だと思っていた。


三女が10ヶ月になったころ、私は再び仕事を始めた。

家の中に義母がいてくれることは、働く母親にとって心強いことだった。

けれど、家に戻ってホッとするはずの時間が、いつからか"少しだけ緊張する時間”になっていった。

それは帰宅した後に、一日家でくつろいだ義母の形跡を感じるようになったからだ。少しづつ義母の遠慮が消えていくのを感じていた。



ある晩、長女の乳歯が抜けた。

小さな歯をていねいに洗い、小皿の上で乾かしておいた。

他の抜けた乳歯も、ひとつずつケースに集めていて、それは私にとって「子どもの成長の記録」だった。

翌朝、その小皿がなくなっていた。

どこを探しても見つからない。排水溝も、ゴミ箱も、思いつく限りすべて。

義母が夜中もしくは明け方に、自分の食べた洗い物のついでに、歯に気づかずそのまま小皿を洗ってしまったらしい。


初めて義母に対して、許せないと思った出来事だった。

そしてあの小さな歯が消えたことで、私の中の何かが一緒に折れたような気がした。