もう、後がない団塊世代 -4ページ目

もう、後がない団塊世代

いつか死ななければいけないんだが。いつまでも夢を
棄てたくない諦めの悪い団塊世代人です。


   若者の街、渋谷に行きました。

学生も夏休みに入り、渋谷がにぎやか。

埼玉から2時間かかります。あまり行くところでないです。

なぜ、いつたかといゆうとある人のセミナーを聞きに行きました。
六本木ヒルズに住み、フェラリーをかった人の話を聞きに
いきました。

ネットビジネスで稼いだ人の話、自慢話でも聞こうかなと興味
本位で気楽な気持ちで行きました。広島の出身で、貧乏から
現在の地位になったそうです。なんか、歌手の矢沢さんみたいな
感じ。

渋谷は人が多く、人疲れしました。高齢だと疲れます、右も左も
わかりませんでした。

よく聞くと、有料のセミナーの勧誘ですね。しかしたまには気分
転換にいいです。

そこでお金の話をきき、おもしろいなあ、と思いました。

わたしも田舎の出、いままで親には親孝ぜず、亡くなりました。

その方も、おばあちゃんに若い頃、世話になり孝行したかった、
ができなかったそうです。それで後悔したそうです。いまは親に
毎月仕送りしているそうです。感心しました。

「お金は、感謝のツールなんです」とおっしゃつていました。

自分も女房にはいいこともできず、お金で感謝できればいいけど
できません。


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    もとは、他人

女房は元は他人、うまくいかないのはあたりまえ。

20代の頃はあまり解らず一緒になり

30代は子育てで無我夢中

40代はだんだん考え方の違いが解ってきました。

50代はあきらめ

60代はよく言えば空気みたいなもの

確かに、愚痴をいゆう対象、別に問題の解決できるわけでは
無いですが、文句をいゆう対象、馬の耳に念仏です。

いまだ夫婦てなんでしょう。確かに他人だった。

自分が悩み苦しんでいても、共感してくれないこともある。

自分も相手のことに無関心、相手の苦しみは伝わり難い。

離婚する人もいますが、あまり期待を持ちすぎるから、
そうなったりすることもあるのでしょうか。

死ぬときに一人だと実感するのだと思う。

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  誰も避けられない、生老病死

お釈迦さんが生老病死は避けられないと言って
おります。

うちの猫の話ですが、3月亡くなりました。20歳、
人間で言えば100歳位です。

亡くなる前に後ろ足がうまくたてずに時たまよろけ
ていました。そして、狂ったようにごはんを食べて
いました。

家の者を悲しませないために頑張って
いたのかどうかわかりませんが。

最後のごはんか、生きたい気持ちかどう
かしらないけれど。

背中をさわると、背骨が解る位痩せておりました。
ねこがだんだん弱っていくのを見ているだけ、死ぬ
ときは一人で死ななければなりません。

どうすることも誰も出来ません。

最後はごはんをたべれなくなり、起きられなくなり
ました。

どうすることもできず死んでいきました。

生き物は猫でも人間でもいつかこのようなときが
きます。

今でも死へのカウントダウンは止まりません。

いつか女房にせよ、自分にせよいつか来ると思う
と、もっと仲良くしないと反省します。

還暦を過ぎると、いつどうなってもおかしくありません。

何せ女房の顔みると、文句をいいたくなります。

いつまでも生きられるわけではないので、仲良く
しないと後の祭りになります。

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