老感わたしも60過ぎて、気力、体力も劣ってきたなとおもうこたがあります。普通だったら引退し、孫の世話でもしてのんびりとすごし、余生を過ごすことを考えている人もいるんでしょ。私の場合、お金もなく、毎日、ぎりぎりで生活しています。幸か不幸かまだまだ仕事をしないと、いきていけません。できればなんでもいいから、仕事をづづけたい、自分ではまだまだいろんなことができると思いたい。だから、歳だからとかいゆう老感をもって言い訳したくありません。いつまでも若くありたい、きもちだけでも、そしてある日ぽっくりと周りの人に迷惑かけないようにしないと、思っています。PPK望みは、としを忘れ、ボケる暇もないように頑張りたい。
人生人生とは、自分自身との戦い・・・・すこしおおげさ 高齢で高血圧、メタボなど生活習慣病との戦い 朝会社い来たくないことの戦い 過食、怠け心との戦い 色気との戦い 老化からくる、体力、気力の衰えにたいする戦い しかし、人と比較してどうのくのといゆうのでなく、自分との戦い
団塊スタイル、老感としをとってくると。目も体力おとろえてきます。そして、健康診断でも。高血圧、糖尿病そしてメタボと言われてきます。しかし、老えてきても、若者のように気力、夢をもちたいものだ。情に流されれば流される、といわれているが、老えても竿をたてて流されまいとしたい。いまでもなにかやると気、たしかにいろいろと衰えてくるところがあるが、何もできないわけで環ないと思う。なんにでもおとろえたといゆう、老感を持つべきでない、そうしないと本物の老人となる。なんでも自分にできることをやり、夢をもっていきたいものだ。