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ブラジル人の日本滞在記-海王日記

リオ生まれ埼玉育ちブラジル人が夢をつかむまでの日々をえがきます。

はじめまして。
海王と申します。

僕の自己紹介をちょっとさせていただきます。

1990年にブラジルのリオデジャネイロと言う、カーニバルで有名な場所で生まれました。
当時とても貧しい家系でリオの中でもファベーラと呼ばれる貧民街に住んでいました。当時の記憶はほとんどありませんが、毎日銃声がなってたのを覚えています。とても治安の悪い場所です。ただその時は僕にとってきっと普通のことだったと思います。

その後、親は別れ母に引き取られました。だがその後母と路頭に迷いました。当時のブラジルは今の景気が良くなく(今も良いかどうか怪しいが)稼ぐ手段がありませんでした。そこで母は日本に出稼ぎで行き僕はブラジルの親戚に預けられました。

その後僕も日本に来る事になったのですが、日本の学校に入って必死に言葉や文化を学んで行きました。しかし肌の色やブラジル人と言う事でクラスメイトからはいじめを受ける日々が続きました。

今もそれを乗り越えた事が一番のほこりです。

その後ブラジル人学校に入る事になるのですが、完全に日本文化に慣れていた僕はそこで常に浮いている存在になりました。

自分は日本人なのかブラジル人なのか、分からなくたってしましました。
どこへ行っても外国人扱いが続きました。

しかし、僕と同じ境遇の人ともたくさん出会いました。その出会いのおかげで、今自分があると言えます。

今ではブラジル人の方も日本人の方もたくさんつながりを持っています。


とまぁ、こんな涙頂戴みたいな話しはもうやめときましょう!
この話を読んで少しでも僕の事を理解してくれたら嬉しいです。

また次回は明るい話をします。
ではまた…

海王