どこからでも山が見える
見事な秋晴れ。
気持ちまで晴れやかに。
今日は休みなのでお出かけ。
岐阜は山に囲まれた土地なのでだいたいどこからでも山が見える。
今の山と言えばその殆どが間伐行き届いていてありのままの自然が残っている山なんて極一部だ。
自然素材が見直されている今、木はお金になるわけだ。
省資源だのエコだの騒がれているから人間にとって必要以上の伐採はすることはないのだろう。
しかし、森や山に住む動物たちにとってしたらどうだろう?
動物にとって山は「家」そのものだ。
幹や枝や葉が屋根や柱や壁になり食料にさえ成る。
落ち葉が床となり肥料となる。
そんな動物にとって「不可欠」な山を人間は自分たちの生活の豊さの為だけに伐ってきたのである。
それによって山は崩れ川は汚れ腐ってしまった。
人間が地球の中心だという考え方を改めなければ何も解決などしない。
自分の為の謙虚さよりも周囲の為の謙虚さこそが「愛」なのではないだろうか。
気持ちまで晴れやかに。
今日は休みなのでお出かけ。
岐阜は山に囲まれた土地なのでだいたいどこからでも山が見える。
今の山と言えばその殆どが間伐行き届いていてありのままの自然が残っている山なんて極一部だ。
自然素材が見直されている今、木はお金になるわけだ。
省資源だのエコだの騒がれているから人間にとって必要以上の伐採はすることはないのだろう。
しかし、森や山に住む動物たちにとってしたらどうだろう?
動物にとって山は「家」そのものだ。
幹や枝や葉が屋根や柱や壁になり食料にさえ成る。
落ち葉が床となり肥料となる。
そんな動物にとって「不可欠」な山を人間は自分たちの生活の豊さの為だけに伐ってきたのである。
それによって山は崩れ川は汚れ腐ってしまった。
人間が地球の中心だという考え方を改めなければ何も解決などしない。
自分の為の謙虚さよりも周囲の為の謙虚さこそが「愛」なのではないだろうか。


