2025年。

自分の不倫騒動発覚から丸一年が経過しました。


発覚、と言えども自分から妻に吐露したのですが、、


なぜ自分で吐露したのか。振り返る。


わたしと不倫相手のSさんはW不倫でした。


お互いにパートナーの不満を募らせてその不満を分かち合って仲が深まっていった形でした。

ただ、お互いに気が合ったのも否めません。少なくともわたしはSさんに惹かれていました。


終焉を迎えようと思ったきっかけはSさんが

「夫が精神不安定なので今までどおりできないと思う」

この言葉を受けて我にかえりました。


え?

あなた優先にしてたからうちの妻も精神不安定どころではないんですけど?


それまで高校生のカップルか、というぐらい惚気ていた気持ちが一瞬にして冷めました。


わたしはその夜、妻にすべて打ち明けました。

妻は激昂し、Sさんにすぐ電話するよう催促しました。

Sさんはすぐに電話に出て状況を把握できないまま断頭台に立たされた。


結果、四者面談が取り行われることになり、Sさんの住む街に取り急ぎ向かうこととなった。


奇しくもその日はわたしの息子の2歳の誕生日だった。息子の人生に於いて最も悲しい誕生日としてしまったことはわたしの一生の咎で罪です。


はるか200km離れたSさんの住む街に行き、会談の場に到着した。

Sさんの顔は当然だがやつれていた。Sさんの夫も以前に見たことはあったがその時と比べてはやつれているように見えた。


比べてわたしと妻は相手ほどではなかったと思う。

攻勢を仕掛けた側なので当然と言えば当然である。


会談の場にはSさん夫婦とわたしと妻、そしてお互いの子も同席し、7人という状態で行われた。


会談の流れはお互いのされた側が激昂する場面やわたしとSさんが逆ギレする場面、ステレオタイプと言えばそんなやり取りが6時間強にわたって行われた。


会談の結論はSさんの夫が妻の行動も批判するべく部分が多く、わたしを責めきれないところもあるのでSさんの夫とわたしの妻のお互いの賠償請求は相殺とし、お互いの家でお互いのパートナー同士での賠償で終わりましょう、として後はSさんの夫はSさんとわたしの手切れ金として現金を支払うと申し出ました。


この話はのちにやや拗れて第三者(弁護人)を挟んだ軽い紛争になったのですがその話しはのちの回に綴ります。


わたしはSさんの夫の話しを承諾し、Sさんの夫が望み、準備した念書を作成してその場で振込で現金20万円を受領した。


わたしの気持ちの値段はたったの20万か、、

とも思いましたが両成敗ではなく相手方から手切れの賠償としてお金が発生したことに自分のほうの正当な分を感じておくべきか、と思い負の言葉を飲み込んだ。


会談が終わり妻と息子と帰路についた。

さすがに帰路中、仮眠を取らざるを得なかったが車内の空気はお通夜だった。


Sさんと共通の友人らにも連絡を取ってあらましを伝えた。

ようやく終わったのか、と告げられどちらが悪いかはお互いの話しを聴取した上で考えて今後の友人関係の構築の参考にしてほしいという旨をわたしから友人らに述べた。


息子の最悪の誕生日はこうして終わった。