無職の若者が多い。


社会人になるのを先送りするためだけに大学へ入学し、合コンに参加しては愛だ恋だとのたまうバカな大学生が多い。



そんな人間に限ったとことじゃないが、いい歳をして、労苦や都合の悪い現実から逃げてばかりいる人間は、実につまらないものだ。



彼ら彼女らは、辛苦や責任といったものを受け容れるだけの器量を持ち合わせていない。

そんな器量を養うだけの対価すら、人生において支払ってこなかったからだ。


故に彼ら彼女らはいつも「周りの誰か」と一緒に行動するし、その身に起こる喜怒哀楽を互いに分け合おうとする。


しまいには、自分自身の重大問題でさえ、「周りの誰か」に頼ろうとする。


それで解決に至らなければ、じきに 『バックレ』る。



『バックレ』るとは、


対象となる事柄からなるべく遠くに身を置いて知らんフリを決め込んだり。


対象となる事柄からその身に降りかかってくる一切を、一方的に投げてしまうことである。


こう書くと、『バックレ』ることがとても幼稚なことだと分かる。


取りもなおさず『バックレ』る人間とは、幼稚な人間だといえる。



昼となく夜となく遊び呆けていることに内心で自己嫌悪している者もいれば、「今が楽しけりゃそれでイイじゃん」と言ってのける者もいる。

後者は救いがたいものだ。




でもまぁ今が楽しけりゃイイというなら、今しているように一切の苦労から逃げ続け、10年20年後に物乞いをやってみたり外道をやってみたり首を括ったりすればいい。

その堕ちた姿を心から嘆いてくれる者もいまい。



それとは逆に、グダグダチャラチャラと生きている日々に虚無や不安や焦燥を感じているなら、今にだって、「誰か」じゃなく「自分で」どうにかすればいい。


もっとも、遊んでばかりいる人間の周りにいるのは同じく遊んでばかりの人間がほとんどなので、どのみち自分でどうにかせねばならなくなるはずだけど。


以下、「どうにかしたい」と思っている人間について書く。




”『わかっている』といって『出来ない』のは、結局『わかってない』のと同じだ”





というムカつく言葉を、生きていれば誰もが一度は聞くと思う。

小学生のときにこれを聞いた僕は初め、この言葉がなぜ成立し得るのか、理解出来なかった。


「分かる」と「出来る」はそれぞれ独立しているはずで、例えばギターの知識・理論・セオリーを専門家水準まで頭に詰め込んだからといって、実際にギターを弾こうとしても簡単なコードだって弾ける訳がないだろう、というのだ。


でも年を取る毎に、そんな屁理屈では通用しないことが世の中には沢山あるのだと思い知って、今でも事あるごとに「いい言葉だな」と心で頷いている。



悩み相談なんかで、

「このままじゃいけないのはわかってる。でもアタシ、どうすればいいのかわからないの。ねぇアタシどうなるんだろ。」


なんてマトモぶったことを言う人、アナタの周りにもいると思う。



ここではっきりさせておくが、

「悩み」というのは、自分の進路を行く道中に、越えたい壁がたちはだかったときに初めて抱くもので、そんな壁はおろか大して歩きだしてもいないのなら、これはただの「不安」である。

人に話すよりまず歩けというのだ。


このままじゃいけないと「わかってる」のならば、自分の力で歩いて、壁のある場所まで行こうと多少の努力をするのが大事ではないのか。


なのに歩いていない。

結局、「わかっていない」のではないか?




それもそのはず、こういう人間というのは、実は真剣に相談をしているわけではないのだ。


漠然とした不安を一人の力じゃどうすることも出来ない無力な自分を、ただ優しく肯定もらいたいだけなのである。



「大変なんだねぇ。」


「もっと楽にしていいんだよ。」


「きっとうまくいくよ。」


「あなたなら大丈夫。」



軽薄にしか聞こえないが、現実逃避願望の強い甘ったれを黙らせるにはこの程度の言葉で事足りてしまう。


不都合な現実を突きつける真面目な返答よりも、不都合な現実を少しでも忘れさせてくれるお世辞が欲しいのだ。


臭いモノに蓋をし、ガスが溜まったら随時ガス抜きをしているだけである。

それが何の解決にもならぬことは、自分が一番よく分かっているはずなのに。


コンビニでも売られている、陳腐なスピリチュアル・メッセージを羅列しただけの本がやけに売れているが、それは世の中にいる甘ったれがいかに多いかを示していると思う。

中身の無い、実体を伴わぬ言葉に自ら踊らされることで一時しのぎをするのだろう。



そうして一時的に気休めをしたあとは、自分の中の何かが変わったような気になって、またいつもと変わらぬ日常に戻るのだ。




結局、彼ら彼女らも救いがたいものということか。








・「どうにかしたい」と本気で思うなら、『苦労をすることが生きてゆくことだ』という認識をする。


・形のない『不安』を見るのではなく、まずは本気で動いて『悩みのもと』を探し、明確にする。


・自分にとって都合の悪い言葉も「もういい!」と言わず最後まで聞く。


・他人の力や時の流れが全てを解決してくれると思うな。


・どうでもいい言葉に惑わされるな。そのぶん時間の無駄になる。


・背伸びをするな。分かったふりは役に立たない。等身大の自分になれ。


・「やってみなけりゃ分からない」「どうにかなるさ」はポジティブではなくただの能天気だと知れ。



特に男、いいかげん気合い入れろよメラメラヽ(`Д´)ノ






少々便秘気味である。



9時間程前にコーラックⅡを飲んでベッドに潜りこんだら、17時くらいに猛烈な便意で目が覚めた。



「うぅ~ぅぅ・・・ううっぅう・・う~。。。。。!!!」




・・・ブピブピ(き、きたね~!)



こいつぁやべえぜとトイレに駆け込む汁美ア(僕)。



ズボンを下ろす汁美ア(僕)!




便座に座る汁美ア(僕)!!







◯☆☓♫♀◇○♪!!!!

(何か出てる音、自主規制!)




もうアレ、「効果てきめん」なんてカワイイもんじゃないネ!

かといって何か違う表現があるのかというと、そういうわけでもない。



~10分後~




はぁ。。。、はぁ。。。




・・・・・・・・ふぅ。。。。。。




!!


☐☓☆♭!!(←まだいくんかい!)    





そんな具合で体内がすっからピーになり、腰がなんだか頼りない感じに。


「有効成分ビサコジルが効いていると、いうのか・・・。」

(↑なんでデスノート風なんだよ)



まぁコーラックの力は驚異的だったけど、おかげでスッキリ~!!

キューピーのたらこスパでも食べようかな。



じゃまたね★





高校生の頃、AV女優の蒼井そらに少し似てるといわれ、



「ちょっと嬉しいな。」


と思った汁美アです。


蒼井そらさん、可愛い人ですベル





いや~、汁美アは今、マライア・キャリーを聴きながら記事を書いてるんだけど、やっぱマライアは・・・・




イイ(・∀・)!(←気に入ってるのかそれ。)




今から12年くらい前、汁美アがまだ中学生の時に初めてマライアの曲に触れて、なんて表現していいのかわからないけど


「まさにアメリカ!」


っていうか、


「オレ今、洋楽きいてるんだな」


ていう、曖昧だけど確かな実感を得ていました。




まぁ、現在までに他にも色々なアーティストを聴いてきたんだけど、僕が一つのジャンルにハマッて偏った聴き方をしていたときにも、マライアの曲だけはそれと平行して聴いてました。


アメリカという抽象的なモチーフにどこか憧れているせいなのか・・・・・とにかく汁美アにとって思い出深い曲ばかりなのだ音譜


中学生時分の僕が


「高校を出たら、絶対上京するゼ!」


と熱く決意をしたのも、偏にマライアの曲に触発されたからなんです。


100万ドルの夜景を見下ろしながら聴く、


『CAN'T TAKE THAT AWAY』、『OUTSIDE』、『MUSIC BOX』・・・・。



最高にイイ(・∀・)!




高校に在校している時から関東での就職(美容師業)はすでに決定していたので、上のような甘美なイメージがいずれ現実になるのだと心でガッツポーズをしてました。

高校卒業後、和歌山の実家から神奈川県の相模原へと移り住み、ドッキリドキドキの新社会人生活が始まります。


あ、やべぇ。

この調子だと、いっぱい書かなきゃいけなくなるな。なんの話をしているんだ俺は。

なので色々省略していうと、



現実は、思っていたほど甘美なものではなかったってことです(←省き過ぎじゃ)。




相模原に住んでいたのは1年くらいで、次に厚木に4,5年(この間に製造業に転職)住んで、現在は不本意ながら埼玉のド田舎の新築アパートに住んでます。もう半年経ったかな?


もうホント、超超超超田舎。。。


マライアを聴いてもしっくりこない・・・・。


夜景は!?眠らない街は!?雑踏は!?派手なオンナは!?




田舎バ―――――――カ!!

(会心の一撃!!!)



少し前にこんな事がありました。

以下、愚痴を含みます。↓

----------------------------



アパートのすぐそばにある寂れた個人商店。

駄菓子とインスタントラーメンぐらいしか置いてない、暗く狭い店で、レジのすぐ後ろに小上がりがあって、暖簾の奥には台所が丸見えになっている。

気が向いたり駄菓子が食べたくなったときだけ、僕はそこで買い物をする。


普段はお喋りな婆さんがレジのそばにいて、いつもその婆さんとお喋りをしながら駄菓子を選んだりするのだ。

ところがある日の午後、ふと気が向いて店に立ち寄ってみると狭い店内には誰もいない。


「すいませーん。」



・・・・。




本当に誰もいないのか。


まぁいいか、としばらく棚のうまい棒を眺めていると、<ミシ>と音がした。

店の奥、暖簾の向こうからである。


<ギシ>・・・。


きっと婆さんだ。寄る年波ゆえ足腰は衰えているだろうし、いくら元気そうだとはいえ耳も少し遠いのだ。


暖簾の向こうに<誰かの右半身>が立った。寝間着を着ている。顔は隠れていて見えない。


ただし。


いつもの婆さんより少し大きい。




<寝間着>の手が、探るようにゆっくりと暖簾を捲りあげた。



顔が見えた。

婆さんではなく歳は30代くらい。どうやらここの若奥さんのようである。

しかし間抜けというかなんというか、店内を窺う彼女の目は、棚の奥に立つ僕に気づいていない。


それが災いしてか、一瞬ののちに僕の姿をみとめた彼女の咄嗟のひとことが酷かった。



若奥 『はあっ!ビックリした・・・・。』





それはこっちの台詞である。



何度も言うが、ここは「店内」であって、居間や納戸やベッドの上ではない。


布団をめくったら僕がいたというのなら、驚くなり通報するなり跨るなり(←それは違うのでは)すればいい。


僕は不法侵入者ではなく、ただの客である。

ならばそこは最低限


「こんにちは」とか、


「あ、どうも」(←それもどうか。)とかになるはずで、


希望をいえば、


『・・・あらぁ、いらっしゃい』


とかにもなるはずなのだ。

何言ってるんだ俺は。疲れてるのか。



「あ、俺、これ買いたいんですけど。」


僕も僕で、やましい事などないはずなのに何故、うまい棒を持つ手をわざわざ上げ下げしてみせて、ただの客だよと示そうとしているのか。

却って不審さに拍車をかけることにならないか、『うまい棒』。




若奥 『あ、お婆ちゃぁん、お客さん!』




婆さんいたのか・・・。




-----------------------------


とまぁ、田舎であればそう珍しくもない出来事でも、都会に甘美な夢を見て上京した若者にしてみれば、この落差は致命的大ダメージなんです。

書いてて切ないですね。ふっ。



若いうちに、再び街の喧騒にまぎれることができるんだろうか。



まぶしかった、あの頃みたいに。







とくに何もしていないのに、アメブロ内のランクが何故か少しずつ上がっている!

・・・一体、誰がアクセスしているというのか。。。。


おはよっす!(`∀´)

汁美アです。



まぁランクが上がってくれるのはイイ(・∀・)!


んだけどね!


ペタを確認してみたところ、IZUMIさんという、たいそうなベッピンさんがペタをくれてました。

*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆ありがとうございます*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆




って。



ちがうやん!!!

先日、汁美ア(俺)がいろんな人のブログを覗いてたときに、このかたのブログもその時たまたま発見して記事も幾つか読ませてもらって、はい、僕はここを訪れましたよという印として、汁美ア(俺)がペタをつけたから、ペタのお返しをしてくれただけやん!!?

要するに社交辞令やん!!?





・・・・・・・・・・・・・・。








いや、いいんだ。


社会を支える大きな柱の一つがこの「社交辞令」であることを、俺はよく分かっていたはずではないか。


ほら、見ろよこの朝焼け。

曇ってて全然まぶしくない。

今なら太陽を直視できる(←するなよ)。




ま、あのかたが記事までしっかり読んでくれたうえでペタを残してくれていたのなら、これに勝る幸いはない。











この瞬間を待っていたぞ!






いつごろだったか、


 


「パソコンとかブログやるぜ!!!」



と決意してからもう随分と月日が経つ。



もともと、趣味が無いからと始めたパソコンであるので(←嘘つけ!エロ動画の事しか頭になかったくせに!)、

きっとこれから先はこのパソコンが、僕のプライベート・タイムの主役となるのだろう。


今日から僕は仕事の関係で12日間の長期休暇なので、心おきなくプライベート・タイムを楽しむことができる。ヤッタネ!


さて、突然ですがまずはブログタイトルにある、『私的』という単語について念のため少し断っておきます。


これ、



「わたしてき」



とは読まないでネ。

昨今、多く使われているような


『う~ん、ワタシ的にはアリかな。』


といったイラつく感じのものではなく『公私』の『私』、つまり個人的な、自分本位の、といった意味の単語で、



「してき」



と読みます。



ということでタイトルの『極私的』は、そのまま「ごく個人的な」という意味になります。




いや~、それにしても、ケータイのメール打ちと違ってキーボードのタイピングはキツイね!


わたくし汁美アまだ24だけど、なんだか時代についていけてない気がするのだ(←すぐに慣れるさ!)(←うん、あたし頑張る!)。


↑ここまでで、なななんと4時間もかかってしまった。


『僕はキーボードを見ずにタイピング出来ます。』


という人を、今なら誰よりも尊敬できます。


ま、人間的には汁美アの方が上だけどな!



あ、そうそう、このブログの存在は汁美アの友人や知人にはまだ教えていません。

なので、今この記事を読んでいる人はすごく少ないハズ。


もっと沢山の記事を書いて、このブログがブログらしい形をとりはじめたら、周囲のごく一部の友人にだけ教えようっと。


え?なんで全員に教えないのかって?



んなもん、地元の連中なんかに見られたらハズカシーからに決まっている。


ハズカし過ぎて、穴があったら挿れたい


、、、、じゃなく入りたいってことになるのはヤでしょ(でも挿れたいのは確かだ)。




今日は連休初日って事で、夜勤帰りにローソンで食糧をたっぷり買い込みました。

うんまそうなインスタントラーメンがあったので、それもついでに購入。


その名も


「おいしいしょうゆラーメン(←まんまやがな。。。)」



随分おおきく出たね。


フットゥットゥットゥットゥッ・・・食っちゃる!

(↑どんな笑い方だ)




  ~20分ほど経過~






・・・うまいがな!





えー?いくら商品名が「おいしいしょうゆラーメン」だからって、そんなにウマイわけ(ズルル・・・



うまいがな!





僕は美食家ですからね、そう簡単には(ズルル・・・



うまいがな!




何を勝手にやっているのか。