3月9日
1ヶ月ぶりに旦那サンに逢いに行くから
ウキウキ
して準備してたところに旦那サンの
から着信
から着信話せないはずなのに

な~んてバカな発想しかしない私は
テンション高めに出て
一気に落とされた
義父から
容態が悪いからすぐ来れる

との事
父に急いで車で連れて行ってもらって
って言っても
でも1時間かかるし
でも1時間かかるし涙ばかり溢れて仕方なかった
まだ意識はあるけど
口からも鼻からも出血して首のところからも大量に出血
カテーテルされて
輸血されて
1ヶ月逢わない間に
かなり悪くなってた
ちゃんと私の事も見て
微笑んでくれて
来るからテンション上がっちゃったんでしょ

って聞いたら
笑ってうなずいて
右手を拳にして
胸にあてて
微笑みながら
『絶対負けない気持ち』
ってやったんだ
痛みで
皆の手を振り払ったのに
私の手だけは
ずっと握りしめてくれてた
起き上がれない状態のまま
笑顔で頭を撫でた
なんとか見せようと
旦那サンも目を開けたりしてたけど
見えてたかな…
首が座ってないから
うまく見せてあげられなかったかも…
何度か大量に出血して
意識は最後まであるなか
17時59分
帰らぬ人になった
後に義両親に聞いたら
首のオデキも癌
最後は血液にまで転移してたって…
私は何にも知らなくて
教えられてなくて
旦那サンが一人で闘ってるのに
浮かれて逢いに行く準備をしてたなんて
最悪だ…
私に心配かけまいと
隠し通した旦那サン
私がちゃんと無事に生めるように
オッパイが出るように
旦那サンが命をかけて
を守ったんだね
食べられなくなって
痛みと闘って
弱音も吐かず
私と
の為
って
って頑張ってたって…
そんな旦那サンの気持ちを想うと
申し訳ない気持ちでいっぱいだ
何でもっとしつこく聞かなかったんだろう
私が少し疑い始めた時に
旦那サンは
『あいつの事だから,すごい勢いで来そうだから、来た時に言う』
って言ってた矢先だったそう
前日までは
野球
見て解説まで書い
普通にいつも通り過ごしてたって
私に出血する1時間前に
くれてた冷たくなった旦那サン
こんな冷たい人じゃないのに…
って悲しくて悲しくて…
最後まで頑張ろうとしてた
最後まで私達の事を想ってくれてた
筆談さえも出来なくて
伝えたい事がたくさんあっただろうに
こんな結果になるなら
声も舌も取らずに
好きな物を食べさせてあげたかったし
たくさん話をしたかったけど
生きる為にこの選択をしたのに
ムカツク…
なんでこんな病気があるんだよ
お見舞いに行くと
旦那サンも喜んでくれて
大きくなったお腹を撫でて
胎動に感動しては泣いてた
とにかくさわちゃんは
そそっかしいから
気をつけて

よく言われてたな~
1回目の手術後
TVで美味しそうなお店を見るとメモって
退院して食べられるようになったら、さわちゃんと行こうと思ってたんだけど、行けなくなっちゃってごめんね
そうノートに書かれて
泣きそうになるのを必死で堪えて
そんなのテイクアウトにして、家でミキサーかければ食べられるよ

って笑って返したけど
こんな時までも優しい人で
私の舌も声も
半分に出来たらいいのに…
何度も思った
お正月に
一泊だけ外泊して
私も一緒に過ごさせて貰えて
旦那サンはやっぱり副作用で
気管口が放射線の影響でヤケドみたくなって
苦しそうだったけど
皆に迷惑かけたけど
に帰れて嬉しかったって
に帰れて嬉しかったってそれから
少したって
首のただれた所から出血するようになった
最後のお見舞いの日から
一週間後の1月26日
喜んで大号泣の旦那サンは
鼻がつまって
微かに感じられた味が
わからなくなってしまった
2月9日
旦那サンが外出許可で
泣きまくりの旦那サン
心待ちにしてたからね

それから
1日1回は必ずきてた
が減って
が減って1日置き
2日置き
調子が悪くて
出来なくてごめんね
出来なくてごめんね
って…
1週間来なくて
ずっと調子が悪くて心配させちゃってごめんね

良くなるようにおれも頑張ってるから、もう少し待っててね

そう
が来たのが
が来たのが亡くなる3日前
亡くなる前日も
→明日お見舞い行くね

→
やっと愛する奥さんと愛娘に逢える
幸せ~


って返信が最後の私達のやりとりになりました
○さやんと順調に付き合ってる最中
妊娠が発覚
結婚
することに
住む所を探し始めたら
○さやんの舌癌が発覚
とにかく入籍だけ済ます形に…
2012年8月23日
葛飾区役所で一緒に入籍届けをだしました
この時、少し先の未来
○さやんと生まれてくる赤ちゃんと3人で
幸せな生活を思い描いてたんだケドな
その足で、指輪を買いに連れて行かれ、
スカイツリーで食事
幸せだった
次の日○さやんは入院
そして8月28日
12時間の手術が終わり
辛いリハビリをして
この時、本当に辛くて
だけどさわちゃんの事を思い出すと自然と涙が溢れてきて、おれ頑張るからね!!って何度も耐えられたんだよ
そう言ってました
それから退院するはずが
外泊になり
喉に転移してる事が発覚
2度目の手術が決まった
手術までの数日間
外泊をし
私も一泊だけ泊まり
このタイミングで赤ちゃんの性別も判明
名前も決めて
ビデオに
絵本の朗読や
10月30日
11時間の手術になり
この日
声帯と舌を取りました

それから
1ヶ月後
放射線治療が始まって
副作用で辛そうで
顔も浮腫んで
皮膚もただれて…
それでも頑張ってきた
12月半ば
肺に点があると告げられ
でも,それが何か今の時点ではわからなくて
念のため抗がん剤を使うことにしました!
出来うる治療はしたいし、これも早く治すためだから、あまり心配しないでね

そぅ
がきて
がきて私はショックで1日
を返せなかった
を返せなかった次のCT検査の結果も
とりあえず大丈夫だったよ
って
って
まだ肺の点は何かわからないまま
そぅ私に言った
だけどそれは嘘で
肺に転移してたって
旦那サンはその結果を聞いて泣き崩れたけど,それでも
『頑張ります』
そうノートに書いたって
亡くなってから聞いた
妊婦の私に心配させないように
隠したんだって…
最後まで隠し通した
あの時
すぐに
を返してたら
を返してたら嘘付かないで
言ってくれてたのかな
そう思うと
後悔して
私がもっと強かったら…
旦那サン一人で
闘わなくて済んだのかもしれない
