私は東京に暮らしている。そして、車を足にしている。11日金曜日、朝9時、私は母と関西に向け、1月に亡くなった祖母の納骨のために12日にお寺で親戚で集まるので、軽快に高速を飛ばしていた。

天気は最高で、路はそれほど混んでもおらず、本当に子どもの頃から考えると暫くぶりの亡き祖母の故郷の訪問に、気分が踊っていた。


静岡あたりで、地震を知らせている電光表示が光ってるのがチラッと目に入って来たが、運転には全く影響もなく、18:30に夕食のために停車したPAで、iPhoneのFacebookに、やたら海外から「大丈夫か?心配してる」というようなメールが外人から入り、PAの食堂でTVに釘付けのお客さん達を観て、やっと何が起こったのか知った。


翌日にこちらに向ってくるはずだった父に電話をし、かつてない長さと大きさの地震が午後起きたんだ、電車も車も通行止めだ、多分行けないと言っていた。結局、祖母の子ども達(母、叔父)とその家族は納骨のため、地震に遭遇せず、13日は関西エリアで万が一、東京で余震により困ったことになった時のために備える、カセットコンロや電池、電池で光る照明、電池で携帯が充電出来るコンビニで売ってる物を購入し、ガソリンも満タンにして東京の家路に着いた。


近所の人の話では、スーパーに物がなく、ガソリンスタンドもしまってしまい、開いているとこは大混雑。祖母のお陰で備えて都内に帰ることが出来、ありがたく思う。これをここに書いたのは、この記事を読んで私と同じような週末のはずだったのに、1日ずれたこと、場所が気仙沼だったことで、大変な現実に直面されているという記事を読んだからだった。


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宮城県気仙沼市出身のフリーアナ、生島ヒロシ は(60)は仙台市内で講演中に震災に遭遇した。

「まさか、こんなことになるとは…」とサンケイスポーツなどの取材に、声を震わせた。

「きょう12日に妹が(2月に亡くなった)母の遺骨と位牌を持って、気仙沼の自宅から上京する予定だったんです。でも、きのうから、夫とともにまったく連絡が取れない。心配です」

「13日に都内のお寺で、四十九日法要と納骨式を行う予定だったんです。実は、気仙沼に住む弟の嫁の両親も行方が分からなくなっていまして…。18歳まで いた町でしたから、友達も多い。テレビを見たら、気仙沼が火の海、津波の中にあって…。あの中で妹が母の遺骨を抱いて逃げているかと思うと、胸がつぶれる 思いです」

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読んでいるこっちまで、遺骨と位牌を抱え困って逃げていらっしゃることを思うと、本当に胸が痛いです。何て言うことになってしまったんだろう・・・。これからも、どこで誰が余震による大災害に遭遇することになるか分からないので、二次災害に備えて、連絡方法など家族で話し合って、この災害の被害を最小限にするように努めることが大事だと思っています。