Netflixの恋愛リアリティーショー ラヴ上等をみていたら、漠然と怖い気持ちになり視聴を途中で断念した、までが前々回ブログの話


家族が寝静まる夜に1人リビングで見ていて

急に寂しく怖く暗い気持ちになったのだ


同じ家に家族がいるのに

私を襲ったあの悲しく寂しい気持ち

あれはいったいなんだったんだろう


翌日わたしはラヴ上等の考察をネット検索し

上位の記事に辿り着いた

どなたかが書いたnoteだ



この中の一節が目に留まる


※黄色マーカーは私がしたものです


そう…

私が感じた怖さ

それは


孤独ゆえに愛されたいと渇望する彼/彼女の感情がこちら側に伝わってきて

私はそこに自分の思春期の孤独がフラッシュバックし、共鳴してしまったんだと思う



ヤンキー・不良・夜の世界の人



みんながそうとは言わないけれど

闇を抱える人の根源には

幼少期・家庭環境・思春期にどこかで受けた傷や

孤独感があるとわたしは思っている


なぜなら高校時代のわたしも

そうだったから


ラヴ上等を企画した

プロデューサーのMEGUMIは同世代


番組で使われる音楽や小物、美術には

平成初期が散りばめられていて

私が学生時代を送っていた空気感がそこにある


だからわたしは

必要以上に共鳴してしまったんだ


もうとっくに卒業したあの頃に

ぐっと引き戻されたから



彼、彼女達が抱える闇や孤独が

高校時代の私を連れてきた


もう遠くどこかにおいてきた私の孤独


結婚して子どもを産んで家族を作って

常に家族に囲まれて慌ただしい日常を送り

自分の物理的な孤独なんてはるか彼方へ消えたのに


頭と心の片隅には

孤独だった学生時代の私がいる まだ


孤独というか渇きというか…


名前のつけられない渇望感や満たされない思い、心の空洞 


本当は辛い出来事があったとき

誰かに話して慰めたり受け止めてもらいたかった


性被害に遭ったのは

あなたのせいではない

あなたは悪くない

悪いのは相手

自分を責めなくていい


ちゃんとした大人がそう言ってわたしを守ってくれたらよかったのに


私は誰にも言えずに

自分で抱えてしまった


10年20年30年

なかったことにして心に蓋をして

自分で自分を癒してきた




何かが足りないがゆえに

愛されたいと強く願い

10代の私は恋愛していた


愛するよりとにかく愛してくれる人を

探していた


そんな10代の自分の孤独感をリアルに思い出して

胸がヒリヒリしたんだと思う



…………



あれから30年近く経ち

お母さんになり

もうすっかり日常では

孤独な私は消えている


正直、愛されたいとか求められたいという渇望も今の私はない


だから自分にとっていま


恋愛はいらない のですね 


果たして私がここまで変われたのは何故か


自分が愛されて満たされるフェーズを過ぎて

誰かを愛することで

自分を満たそうと、方向転換できたから、かもしれない


愛する対象は男でなくても構わない

家族でも子どもでもペットでも推しでも仕事でも趣味でも

そして自分自身でもいい


愛するという言葉にすると

恋愛にフォーカスされてしまうけれど


誰かに与えたい気持ちや

誰かの役に立ちたい気持ち


中高年になったら

自分自分じゃなくて

誰かのためになることをすると


人生の満足度はあがるんじゃないですかね?



まだまだ道半ばですがね