この人の寝息を聞いているだけで、私は幸せになる。

そんな人に出逢えた幸運に感謝し、
その人に受け入れてもらえないことに胸が締め付けられる。

否。
大切に感じてくれているのは間違いないように思えるし、
その人自身がそう言ってくれる言葉に、
やはり偽りはないように思う。
ただ、その人は私を決して抱こうとしない。

「大切な存在なのだ、友人として。」

彼のなかにとても切実なカテゴリが存在し、
きっとある種の特別な枠に私はいるようだ。
そしてその枠は、頑なに恋人の枠への移行を拒んでいる。

私は彼を愛している。
とても穣に、濃やかに。
その波の豊穣さに、彼は時折り感嘆の声すら洩らす。
そして続ける。
「こんなやつのどこがいいのか、さっぱりわからない」

問題はむしろ、私たちがわかり合いすぎていることなのだ。

私にとって、彼は私のすぐそばに存在することに意味があり、
友人としてであれば、彼自身もそれを望んでいる。

私はもちろん彼の恋人になりたいのだが、
それが実現しないことを悲しみながら同時に受け入れてもおり、
だから彼には、私を拒絶し遠ざける理由がなく、またその必要がない。

不毛だ、と友人たちは言う。
ちょっと離れてみたら追いかけてくるよ、とか
押し倒してしまえばいい、とか
そんなやつやめて次に行きなよ、とか。
無責任でも親身でもあるその言葉たちが、どれも全く的を射ていないことを、私と彼だけはわかっており、
それを友人たちに説明したところで、
彼らは様々に納得はいかないままに聞き飽きてしまうことに、私自身も疲れ始めているのだった。

とにかく彼は今、私との電話の向こうで寝息を立て始めたところだ。
切ればいいところを、起こさないようにそっと息を潜めてその寝息を聞く私は、もちろんそこそこにイカれている。

もう何度自分や彼に投げかけたかわからない問いを、またも浮かべる。

どうしてだめなんだろう。

答えはたぶん、当たっている。
けれどそれは私にはどうすることもできない。
原因は私ではなく、彼だからだ。

そっと終話ボタンを押す。

おやすみ。

そう呟いた自分の声は、濃やかに愛に溢れ、幸福を帯びている。
他人事のように思って、私は目を閉じた。

「ゆっくりゆっくり、友達に戻りましょう」

その結論は、どうやら一番安らぐ道だったようだ。
海斗と向き合って食事し、並んで歩き、
穏やかに立ち上る暖かく、そして確かに持ち重りのする気持ちを噛み締めながら、
風子は原田の言った「希望」という言葉を思った。


海斗に切った期限で、追い詰められていたのは風子自身で、それを手放すことで風子は前を向くことにした。
愛しているけれど理性を持って関係をリセットするに「友人に戻る」という緩やかな決断はリバウンドの可能性が少ない。
愛していたと過去形にして、これからは友人として重ねるのだ。

海斗は相変わらず頑なだ。それならそれでもいい。多分、解決してくれるのは時間なのだろう。

人を好きになるとは、やはり身体なのだ。
手を繋ぎたい。寄り添いたい。細胞の声に耳を澄ませればいい。

海斗を、愛したのだ。心から。
その瞬間が真実なのだ。
未来は思い煩わずとも、いずれやってくる。

久しぶりなドキドキ感です。

素朴であたたかくて
とても居心地のいい時間でした。


あなたが実に他意なくあっさりと言ってくれた「かわいい」という言葉が、
今になってじわじわと私の胸を高鳴らせてくるんですよ。


燃え上がるような恋はたくさんしました。
正直なところ、食傷気味になります。

だからこそ
あなたの熾のようなあたたかさが
いつになく私をゆっくりとあたためるのです。

それにしても
随分すぎるほど随分、
堅実な種火を吹き残してくれたものです。

きっと多分、
あなたもきっと私と似た想いを抱いていてくれていると思うのは、
私の傲慢でしょうか。

でももし(嬉しいことに)そうだったとして、
私たちは同じ理由で、どちらからも踏み込むことはしないのでしょうね。

うむ。

4年という時間とパスポートの必要な遠距離を飛び越えるには
どうしたって燃え盛る炎の勢いが必要ですものね。

あなたにとっての私が
そこまで風を起こせないのは知っているし、
そうするためには、私はもうすっかり臆病になってしまった。

それに、
パスポートの距離を挟んたうえで
あなたにとっての4年という時間は、
私にはもうあまりに眩しすぎるのですもの。



だから、
ここに記してお仕舞い。

これからしばらくはあなたの熾であたたまれるわ。
ありがとう。


だけど、
それでもちょっとはやっぱり思ってしまうのよ。

あなたが私を
好きになってくれたらいいのに