コンビニのトイレに座り込んで深い深いため息が出た。
ぐるぐると考え込んでいると扉越しに「大丈夫?」と井澄が聞いてきた。
「正直そんなに大丈夫ではない」
「……あのさ、俺今回いないほうが良い?」
「いてくれ。私めちゃくちゃ居心地悪いからお前がいてくれたほうが気が紛れる」
井澄が扉越しに心配してくれてるのが分かる。
しばらくの空白のあとに井澄が切り出した。
「ねえ、実のおじいさんの事聞いてもいい?」
ああそうだよなあ、話さないとな。
「じゃああったかいお茶でも買って来て、ここからならうちまで歩いていけるし歩きながら話そう」

***

始まりは私の発病だった。
病気自体は決して希少なものではないが、慢性で遺伝しやすいと言われる病気だった。
両親どちらの家系にもいないその病気がいったいどこから来たのか?
ある時父はその疑問を病床の祖母にこぼした。
そうして祖母が言ったのだ。
『タカヒコさんの血かしらね』
父の父、つまり祖父以外の男性の名前がぽろりと祖母の口から出てきたので父は深く問い詰めた。
タカヒコさんについて口を閉ざす祖母に父は執拗なほど問い詰め、祖母はようやく白状した。
若い頃、祖母はある男性と付き合っていた。
その人は良いところのお坊ちゃんで婚約者もいる身の上であったそうで、貧乏農家の生まれで会った祖母はそれを承知で相手に身を委ねた。
やがて祖母に見合い話が来た。それが祖父であったが、その直後に悪阻が来て妊娠に気づいた。
祖母は相手の男性に迷惑をかけまいと早々に結婚を決めて相手の前から姿を消した。
そうして生まれたのが私の父であったらしい。
生涯墓場に持って行くはずだった祖母の嘘への怒りとやるせなさを父親は何故か私にぶつけた。
病気のせいで醜く太った私にならちょうどいいとでも思ったのか、それとも嘘をつかれても母は母であるので病床の母にぶつけるのをためらったのか。たぶん両方だと思う。
それは母や兄も同じだった。言葉にせずともやるせなさを私にぶつけてきた。
痩せられない私をからかい、家族の絆を壊す引き金を引いた私を恨み、そうやって家族はバランスを保つしかなくなった。
ではやるせなさをぶつけられた私はどこへ行けばいいのだろう?
そうして私は病みを深め、やがて親父さんを頼って東京へと逃げだしたまま住み着いてほとんど帰らずに過ごしている。

「それって理不尽過ぎない?」
「理不尽だわな」
井澄の意見はもっともだ。
この混迷した家庭状況は私の病状が悪化して大きな病院に入る原因にもなったし、家族の中でいまだに尾を引いている。
「わざわざ見つけてきて会うってことは何かしらの決着は付けようとしてるんだろうけどね」
「でもその前に謝るべきだと思う」
「誰が?」
「智幸さんに八つ当たりしてきた家族が」
「……今更謝ったって何にもならないよ」
自分の病は慢性で完治不能だし、もう今では盆正月もろくろく会わない関係だ。
面倒なので法律的に切りはしないがほとんど切れかけた縁である。
「それでもだよ、悪いことしたって自覚があるなら謝るべきだと思う」
「自覚あるんかね?」
親の気持ちが分かった事なんて一度もないので罪悪感の一つも抱えてるのかすら分からない。
しょせん家族も他人だ。戸籍という枠組みと血縁に縛られた人間の集まりにすぎないのだと今になってようやくわかる。
「あってほしいな」
井澄のその言葉は私のための祈りのように聞こえた。
本当にそうだといいんだけどな。