師走も終わりのある日、実家から連絡が来た。
『話があるから正月帰ってこい』
命令系の短いメッセージに小さくため息が漏れた。
「……めんどくさ」
「どうしたの?」
台所から朝茶を持って来た井澄に「今度の正月は帰って来いって」と答える。
今まで盆正月は仕事を言い訳に東京で過ごしていたが、帰って来いと言われると断りにくい。
話があるという事はおそらく何かしら話がある事なんだろう。
「井澄も行く?」
「俺も?待って、それってつまり顔合わせ……?」
「あー、そういうことになるのか」
ただ単に井澄がいれば気が紛れるかと思ったのだがそういう意味でとったか。
井澄とこういう関係になってぼちぼち4年ほど経つが、今のところ別れるという空気にはなっていない。
(まあ、井澄なら一緒になってもいいかもしれないな)
わたわたする井澄を眺めながらそんなことを考える。
素直な犬っころのような井澄彰斗という男は一緒にいて嫌にならないし、私の嫌いな部分も全力で愛してくれているのが心地いい。
「で、どうする?予定が合わないなら良いけど」
「俺30日仕事納めの4日始業だからそんなに日数空いてないんだよね」
「じゃあそうしよう、井澄家の正月とかは大丈夫?」
「3日辺り行くとか?」
「じゃあ31日に行って一日の夜辺り帰って、二日に井澄家で、三日は寝て過ごそう」
「さんせー!」

***

上州の冬は強風の季節である。東京の木枯らしとは比べ物にならない、嵐のような強烈でキンと冷えた風が吹きすさぶ。
大みそかの昼前に沼田駅に降り立つとあの赤城おろしがびゅうびゅうと殴りつけるように吹いてきた。
「おう、生きてたな」
「勝手に殺すな」
無礼千万のご挨拶を喰らわせてきたのは私の兄である。
迎えを頼んだのは私であるがよくもまあこういう事を言えるものだ。
「同行者って男だったのか、結婚すんのか?」
「あー……たぶん。井澄」
「へあっ!智幸さんとお付き合いさせてもらってます井澄彰斗です!」
直角に頭を下げてよろしくおねがいしますと叫ぶ井澄を「声がでかい」とたしなめた。
とりあえず荷物と手土産を車のトランクに詰め込んで私が助手席・井澄が後部座席に乗り込んだ。
「で、結局話って何なの?」

「俺らの実のじいさんが見つかった、この正月に顔合わせする」

「……は?!」
鏡越しに井澄がきょとんとした顔で答える。
その顔を見てやっぱり帰省なんかするんじゃなかったと心底後悔した。
「顔合わせは一日の夜、高崎で飯食う段取りになってる」
「高崎の人なの?」
「いや、足尾。お互い微妙に遠いし東京に住んでる子どももいるんで高崎まで出ようって」
そもそも何の説明もなくいきなり呼ぶかね?と思ったが、たぶん前段階の話すら聞くのをめんどくさがるのは私のほうだろう。それぐらい実の祖父というワードはきつい言葉だった。
無理やり呼び出した事情は大体呑み込めた。しかし問題は井澄だ。
まだ状況が呑み込めてない井澄にあの話をしなくちゃいけないのかと思うとすでに憂鬱だった。
「……適当なとこでコンビニ寄って、トイレ行きたい」




つづく