結婚したら露骨に仕事が減った。私ではなく井澄の話である。
井澄から結婚しない?と言われた時、井澄の所属事務所から結婚を反対された。元々井澄と私の関係もあまり快く思っていなかったので当然である。
いちおう話し合いの場を持ったが交渉は難航、井澄は結婚と引き換えに事務所を離れマネージャーも付けず一人で活動すると言い出した。
さすがにそれは無理だと言い含めて移籍先を探したのだが見つけられず、親父さんの所で引き受けるには井澄は異色過ぎて断念した。
結局井澄はマネージャーも付けず一から全部一人でやる役者として結婚と同時に独立した。
しかし独立したとたんに仕事相手から井澄本人にキャンセルが相次いだ。元所属事務所側の根回しなのか、それとも後ろ盾のない井澄に仕事相手が魅力を感じないのか、そのあたりは不明(というか深堀りしたくない)である。
本人もさすがにこれはまずいと思って今まで縁のなかった小劇団や大衆演劇の舞台に客演での参加したり、演劇の勉強も深めようと専門書を読みふけり、行く機会のなかった場所に足を踏み入れたりと本人なりに努力はしているが今のところ効果は薄い。
そうして見かねた私も、ちょっと一つ考えてみる事にした。
「ネットで俺の冠番組?」
「少しでも活動の様子が目に留まってくれれば、仕事のきっかけにもなるだろうしね」
簡単な計画書を見せながら事情を軽く説明する。
参入しやすく私が聴取層にコミットしやすいポッドキャストラジオの番組を想定し、あくまで役者としての井澄のPRを目的とするので青空文庫の文章を使った朗読番組で考えている。
「智幸さんも一緒に出よう」
「は?」
「これとは別にトーク番組もやろうよ。マスコミの作った美男と野獣夫婦のイメージをぶち壊すために、ダイレクトに俺と智幸さんの言葉をみんなに伝えたい。デブ専はゲテモノ食いじゃないんだって伝えたいし、俺も惚気たい」
「……分かった。じゃあ二本立てで考える」

***

数日後。
ラジオの準備を整えると井澄は嬉しそうに二人分の茶をお互いのセンターマイク横に置いた。
マイペースさに苦笑いしつつも手で開始五秒前を伝えると井澄は小さく頷いた。
カウントダウンしていた手で録音開始ボタンを押す。
「こんにちわ、井澄彰斗の夫婦ラジオ、このラジオは俺と千金さんが普通に楽しく生きてるよって事をみんなに知ってもらうためのラジオ番組です。
ゆるい夫婦漫才みたいにしたくてこんな名前にしたんですけど気に入ってもらえれば幸いです」
「こんにちわ、木村千金です。普段は主にラジオやテレビの深夜番組・特番の放送作家とコントの台本を書いて生計を立てさせてもらってます。……あと言いたいことは全部井澄に言われましたね」
台本をもとに井澄はよく喋った。
事前に想定される聴取層が聞きたいであろう結婚と事務所の離脱を巡る顛末は話せる範囲内で話すつもりでいたが、それを面白おかしく語る井澄のトーク力はずいぶんと上がっていたように思う。
私は合いの手を入れつつ必要以上に脱線しないようフォローするだけでよかったので気が楽だった。
「じゃあ、今日はこの辺で。また俺たち夫婦のお話聞いてください」
その井澄の言葉を合図に録音終了ボタンを押す。
編集なしでいけそうだったのでこのまま投稿してみる事にして、馴染みの先輩たちに簡単な宣伝を依頼してラジオの仕事は終わりにした。
井澄の想いは届くだろうか?……いや、届くだろう。
あんなにも素直に衒いなく喋る男の言葉がまっすぐに届かないはずがない。
「今日は終わり?」
「終わり」
願うは一つ。
井澄の言葉が一滴のさざ波となって、周りを変える衝撃とならんことを。