「節分の豆まきをしたことがない?!」
中学校のときの掃除の時間の雑談中に何となくで出てきた一言だった。
「うん、福岡におった時はやる機会無かったけん」
「いや毎年何かしらの形でやると思うんだけど」
「うち宗像大社が近かったもんで、節分は家族で宗像大社の節分祭行って有名人の撒いた福豆を奪い合って食べる行事って感じやった」
「あー……」
テレビでよく見る神社で行われる力士の豆まきを思い出しながら思わず納得する。
たしかにそっちがあるならわざわざ家で豆をまいたりしないだろう。
「うちは毎年撒くよ、だいたい撒いたやつはハトの餌になるけど」
「もったいなかねえ」
そうやって豆まきの話をダラダラとして過ごしたのを、数年ぶりに思い出したのは今の状況のせいだろう。

無限に積み上げられる豆、チームオリジナルの鬼のお面とそれを包む包装紙。
「……まさか福豆づくりがこんなにつらいとは」
1月下旬の夕方。
クラブハウスの隅で週末の試合のファンサービスに配布する福豆の包装に追われていた。
ファンサービスのアイディアとしてちょうど週末は節分だからと選手からの福豆プレゼントを提案したのは僕のほうだが、思ったよりもめんどくさい。
二度とこんな提案しないでおこうと心の底から思うけれど、今そんなことを思ったところで仕方ない。
他のスタッフさんはみんな選手のクールダウンのほうに行っちゃってるから僕一人でやるほかない。
「おつかれさま」
「あ、竹浪選手お疲れ様です!」
隣に腰を下ろすと「今日はグラウンドでないでずっとこれを?」と聞いてくる。
「はい、週末の試合後にファンサービスで配る奴を」
「そういや言ってたな。一人だと大変だろうし手伝うよ。何やればいい?」
「えっ、あー……鬼の面と豆を付ける作業は全部終わってるので包装紙お願いしても良いですか?白い包装紙にくるんで後ろをテープで止めるだけなんですけど」
「了解」
このあと、選手一人につき20袋を目安に仕分ける作業が残っているのでそちらに集中させてもらう事にする。
紙袋に名前を書いてから1つの袋に20袋の福豆、人気のある選手には22袋投入していく。
一緒にサインペンも入れておけばサインにもすぐ応じられる。
「いっ!」
「どうかしました?」
「いや、ちょっと紙で指先切れたみたいでさ」
試合中は気にならない程度の小さい切り傷なのになーと呟きながら、切った指先を咥えてるのが妙に色っぽく見える。
「ちょっと絆創膏取ってくるよ、ファンサの品に血がついてたら不衛生だもんな」
「あ、はい……」
そう言って出ていく大きな背中と穏やかな微笑み。




(……心臓に悪い!)

僕がぶつけるべきは鬼じゃなくて邪念だと思う。

まだ付き合ってない頃の二人のお話