愛する人についていく形でやってきた青森で僕は初めての年の瀬を迎える。
新しい職場に選んだ青森県庁も仕事納めを迎えたので、ようやくゆっくりと年越しを迎えられる。
今年一年お世話になった机を片付けてリュックサックを背負うと「佐藤くん、お疲れさまでした」と上司が声をかけてくれる。
「いえ、今年一年お世話になりました」
「大した事してねぇど」
若いころは東京で相撲取りを目指していたという恰幅のいい上司は、その見た目通りの包容力で細かく面倒を見て貰って本当に助かったものだ。
「風邪ひかねえようにな」
「はい、よいお年をお過ごしください」
軽く一礼して職場を出るとスマホにメッセージの着信音。
『県庁の東側一般用駐車場で待ってる』
豊さんが迎えに来てくれたのだ!
そう分かると足取り軽くエレベーターに乗り込んで、挨拶もそこそこに駐車場に向かい迎えに来てくれた車を探す。
真赤なSUVを見つけると車内から豊さんが僕に手を振ってくれる。
「お疲れ「ただ今帰りました!」
思わず狭い車内で飛び掛かるように抱き着くと、豊さんの温もりが心地よくて頬が緩む。
「……仲いいんだなあ」
後部座席から呆れたような困ったような声がしたのに気づいて思わず抱き着いていた腕を話して後ろを見ると、豊さんのお兄さん夫婦が座っていた。
後ろの後部座席も荷物が多いし、年の瀬の買い出しついでに迎えに来てくれたようだ。
「アッすいません気付けなくて!」
「そういや買っとくものあるか?あるなら帰りに寄るけど……」
「僕は大丈夫です」
「じゃあこのまま帰るか」
車は弘前方面をひた走ることが決まり、市街地を抜けて南へと走る。
「そういえば充希君、県庁で働いてたんだな?」
豊さんのお兄さんがそう聞いてくるので「働いてるというか、出向してる感じです」と答える。
「東京にいたときに籍を置いてた会社が東北のスポーツ振興に関わることになったんですけど、ちょうどそのタイミングで僕のほうも定年後青森に戻る豊さんについて行こうと決めて上司に報告したら『じゃあ青森担当してきてくれないか』って言われまして。青森に移ってから週一ぐらいで県庁に通ってて」
「週一とはいえ通勤は大変じゃない?小一時間かかるし本数少ないし……」
「東京にいたときより楽ですよ。移動時間的にはそんなに変わらないですけど座れますし」
豊さんにそう振ると「まあ確かに通勤ラッシュの中央線や山手線を思えば奥羽本線のほうがマシだな」と返ってくる。
僕としては便利だけどまだ慣れない車より多少不便でも慣れてる電車のほうが安心なのは事実だし、何より雪道運転が怖いのでまだしばらくは電車通勤の予定である。
車が藤崎を抜けて弘前市内に入るとぽつりぽつりと空から白いものが降ってくる。
「雪だ」
「早くねえか?夜っからて話だったと思ったんだが」
「んだな。充希君、天気予報見てくれるか?」
アプリで天気予報を見ると今朝の予報よりも雪の降る時間が早まったようで、今日は日付が変わるまで雪が降り続くらしい。
そのことを伝えると早めに帰っておこうという話になって、郊外のご実家にお兄さん夫婦を降ろして自宅に戻る。
僕たちの弘前での住まいは弘前駅徒歩圏内にあり、小さいながらも屋根付きのガレージがある借家だ。
「充希君水道の水出しといて」
水道の凍結防止に蛇口の水を出すのはこっちに来てから知った。
正直水道代がもったいない気がしてしまうが破裂するよりはまだいい、というのが豊さんのお言葉である。
これも東京にいたときと全然違う年の瀬の景色だ。
「あ、しめ飾り買ったんですね」
「こっちの家にはないからな」
新しい住処となった家に豊さんがしめ飾りを吊るすのを見ると、後は年越しを待つのみという心持になる。
「車の荷物降ろすの手伝ってくれる?」
「はい」
車の荷物は年越しそばの準備やおせちのセットと言った正月道具が多くを占め、それらをこの家に運び込んでいく。
この町の年の瀬は凍てつくように寒いけれど、この人と共に過ごせるなら全く苦ではない。
「豊さん、」
「うん?」
「来年も再来年もその次の年も、何度でも一緒に豊さんと年越ししたいです
「……出来るよ。俺が元気なうちはな」



仕事納めの日の二人。