「もう10月も終わりか」
智幸さんはげんなりとしたように呟きながら静かにノートパソコンを閉じた。
年末に向けた仕事の企画書や、正月の舞台合わせで依頼された漫才の台本、年末が近づくにつれて仕事がどんどん来るらしい。
おかげで通常の仕事が捗らず、気分を変えたいと俺の家に来たぐらいなので進捗は悪そうだ。
「そうだねー」
「無いよりはいいがありすぎるのも考えもんだな」
ソファーに体を預けた智幸さんに昨日までロケしていた茨城で購入した地元産の紅茶を淹れてあげる事にする。まあティーバッグだけど。
お湯を入れた後に小皿で蓋をすると美味しいんだよ~と教えてくれたのは斎藤さんだった。
あの二人には時々智幸さんの話を聞いてもらう事もあるから本当に頭が上がらない。
「紅茶淹れたよ」
「ありがとう、無理に押しかけて悪いな。一息ついたら帰るよ」
「泊っていけばいいのに」
「来る途中にパパラッチ見かけたからうっかりセットで撮られると厄介だろ、それに着替えがない」
智幸さんはこういうところで遠慮する。
着替えは俺の着ればいいのにって思ったけど、智幸さんの下着ないから無理だなあと気づく。
こういう時いつも関係を大っぴらにしたら楽なのに!と思う。
「俺は良くても智幸さんは駄目だもんね、そういうの」
智幸さんは「悪いな」と呟いて俺を撫でてくれる。
大人になった俺を撫でてくれる人はもうこの人ぐらいしかいなくて、それが心地よかったりする。
「役者の場合、恋人がいるってだけで見られ方が変わるからな」
いまどきの役者の宿命として、ファンの子は俺に理想の恋人を見る場合がある。あとは男性同士の恋愛妄想とかもある(俺はあんまりないけど周囲にはそういう消費のされ方されてる子がいることも知ってる)
智幸さんはそういうところに気を遣う。顔や人格だけでなくイメージを売る仕事なのだから慎重にしないとな、って。
これが智幸さんの優しさなんだと最近になってやっとわかった。
「まあそうなんだけどね」
しばらく俺たちの間に不意の沈黙が通る。
お互いに紅茶を飲みながら、時折指を触れ合わせて遊んだり、ぼうっと天井に目を向けたりして黙って過ごした。
「……もう6時か」
智幸さんが時計を見てそう呟くので「帰るの?」と聞く。
「そうするよ。明日から舞台の初稽古だろ、井澄は舞台の経験ないんだし今日はよく寝ときな」
仕事道具を片付けだした智幸さんはもう帰る気満々だ。
「じゃあ、さ。夜ごはん一緒に食べたい」
「明日は9時から赤坂行かないといけないから7時ぐらいならいいよ」
「うん!じゃあ新宿、新宿で夜ご飯食べよ!お店どうしよう?」
「そうだな、井澄カレー好きだろ?花園神社のほうにおいしい店があるからそこにしよう」
じゃあなと智幸さんは手を振って玄関のほうへ出ていくので、玄関までお見送りしていった。
ソファーには智幸さんの体温がまだ残っている。


……なんか俺ばっかり、好きが募ってる気がする。