井澄は基本的にしつこいぐらい私に絡んでくるが、例外的に連ドラの撮影開始前の数日間は連絡がほとんどなくなる。
そのドラマの役作りに集中するため台本をぼろぼろになるまで読み込み、役を自分の身体に取り入れるのだという。
本人曰く『俺は役作りが下手だから集中しないと上手く役に入り込めないんだよね』と言うが、役者とはそういうものなのか?と役者の知り合いがほとんどいない私はいまいち分からずにいる。
そんなわけで、いまここ数日まともに井澄から連絡が来ていない。
「……なんかいつも執拗に連絡してくる奴から連絡ないと違和感ありますね」
「ちーちゃんも大変だねえ」
斎藤先輩は苦笑いしながら今日もお茶を淹れてくれる、今回は赤いベリーフレーバーの日本茶だと言う。
「四六時中一緒にいると暑苦しいですけどちょっと距離置かれるのも寂しいと言いますか」
「複雑な乙女心って奴かー」
「まあ、そういう事ですかね」
井澄にめんどくさい気持ちを教えられてしまったものだ。
何の役に立つのかも分からない、複雑怪奇でめんどくさい恋という情念に絶賛振り回されている自覚は十二分にある。
「めんどくさい子ほど可愛いからねえ。万洋とか」
「岸菜先輩そんなにめんどくさいですか?」
「ちーちゃんの前ではお兄ちゃんぶってるだけだよ」
そういえば岸菜先輩は3人兄弟の末っ子だったという事を思い出し、そりゃあ妹分が出来たら張り切るなと納得してしまう。
「それに可愛げない奴と馴染みやったりお笑いコンビ組んでないって」
「確かに」
階段のほうから足音がすると、親父さんにこってり絞られた岸菜先輩がふらふらで「おまたせー」と降りてきた。
この歳にもなって青梅と晴海を間違えて大遅刻なんてやらかす岸菜先輩が一番悪いが、そのためにわざわざ待ってる斎藤先輩も大概甘いよなあと思う。
そのまま岸菜先輩は斎藤先輩を抱きしめて「ほんとごめん」と告げる。
「重い」
「しょーがねえじゃん、なんか生気吸われてもうフラフラすんだもん」
生ぬるい目で先輩たちを見守りつつお茶を飲んでるとなんか余計に井澄が恋しくなる。
井澄に抱き着かれるのは嫌いじゃないし、全身全霊で向けられる好意も、ようやく慣れた名前呼びも、妙に恋しくなる。
「……お茶ごちそーさまでした。飯食って着ます」
「ちー、出来たらごはん買って来て」
「自分で行ってください」
井澄の役作りが終わるのはいつになるだろう。
そうしたらあいつに少しは甘えてみてもいいかもしれない。



このあと智幸さんはめちゃくちゃデレた