「きょう花火大会あるのか」
豊さんがポスターの前にふと立ち止まってポツリと呟く。
猛暑の8月、その昼さがりの駅前は立っているだけで焦げそうなほどに暑く湿気がまとわりついている。
そんな時に限って手持ちの現金を切らしたり電気代の振り込みとかがあったりするんだから大人って面倒だなあ、と思っていたそんな矢先だ。
「ああ、本当だ」
「……久しぶりに二人で出かけようか」
豊さんがそう問いかけてくれば僕は「はい」と反射的に答えてしまう。
何年経っても治らない、惚れた弱みゆえの悪癖だ。

打ち上げ花火のある夏

花火大会に行くのは子供の時以来で、豊さんについてくる形で青森に移ってからは初めてのことっだった。
一線を退いて故郷で穏やかに暮らす愛しい人は久しぶりの花火大会の喧騒に「いいな」と呟いた。
「こういう賑やかさの中にいると元気が貰える気がするよ、ねぷたも楽しいけど花火大会の方がもっとローカルな、地域の元気さって感じがする」
「それはちょっとわかります」
ねぷたは遠方からの観光客も多いので東北以外の言葉が飛び交い、一夜限りの熱量と元気は観光地の賑やかさだ。
しかしここにいるのはほとんど地元民のようで、僕の耳にもようやくなじんだ津軽弁があちこちから聞こえてるので土地のお祭りの賑やかさはこちらの方がより濃厚に思えた。
「屋台のものつまんで行こう、何にする?」
「王道の焼きそばとか……あ、焼きイカもいいですよね。こっちのイカ美味しいし」
「きのうイガメンチだったし俺は別のがいいかな」
ああだこうだと話し合いながら屋台のご飯や飲み物を買い、適当なところに小さめのブルーシートを敷いて腰を下ろす。ちょっとお高めなのはご愛嬌だ。
やがて空に打ち上げ花火が上がるのを観ながら僕はラムネを、豊さんは冷たい日本酒をちびちびと飲み始める。
「東京は恋しくないか?」
「今は豊さんがいるので。それにこっちの30度以下が当たり前の夏に慣れちゃったので東京で生きられる自信がないです」
テレビで連日35度越えの猛暑になっている東京都心を見ていると、夏の青森の快適さを痛感して日野の実家へ帰るのが恐ろしくなるくらいだ。
もっとも、豊さんが青森へ帰ると言わなければここに暮らすなんて想像もしていなかっただろうから豊さんに僕の運命を握られているとも思うのだけど。
「そっか」
「東京だろうが青森だろうが、好きな人のいる場所が僕の住みたい場所なので豊さんのいるうちは青森に住むつもりですよ」
順当に行けば豊さんが先にこの世を去ることはわかっている。そのあと僕がどこに暮らし、どう生きるかはわからない。
けれどいまの僕は青森に愛する人と暮らすことを止めるつもりはない。
「……健気だなあ」
「そりゃあ人生の4割ぐらい捧げてますからね」
僕がカラリと笑えば、祝福するように大輪の花火が夜空に咲いた。



皆様、花火のない夏をいかがお過ごしですか。私はクーラーの下で死んだように寝こけています。
あと嶽きみ単体で屋台出てるのはそんなにないという突っ込み貰ったのでイカになりました。青森、イカも好きだよね(?)