アスファルトも溶けそうな程に蒸し暑い東京・日野の歩道橋。
この場所に来るのはもう何年ぶりだろう、もう20年は来ていなかったように思う。
あのときの母と同じ歳になって半年過ぎ、それで来てみようとようやく思えた。
「ここに何があるの?」
それでも一人で見るのは恐ろしく巻き添えに選んだ父の人にして私の同級生たる男はここに連れてこられた意味がわからず、不思議そうにその歩道橋の階段を見ていた。
「母さんが死んだ事故現場」
そう告げると彼もその意味を理解したのだろう、そうだったんだねと呟いた。
伊達に長い付き合いではない。ここに連れて来られる意味の重さを最初からわかってるみたいだった。

「あのとき、母さんは冬湖と買い物に行く途中だった。階段を下りる途中で踏み外して頭を打った。冬湖はまだ小さかったから、携帯で救急車は呼べても土地勘もない場所で自分のいるところをうまく伝えられなかったらしい。
それで病院への搬送も家にいた私らへの連絡も遅れて、着いたときにはもうダメだった」

小さ過ぎた末妹を恨むにも恨めず、私はただどうにかしなくてはというその使命感だけで母のない日々を過ごしてきた。
「頼むから、父さんの目の前で死ぬのはやめろよ」
「うん?」
「ふらりと死ぬことは簡単だし、死んで相手の心に傷を残せば嫌でも忘れられなくなる。でもさ、残される側からすれば傷つける程度じゃ済まない、心が殺されるんだ。
そんなことしてまで父さんに忘れられない存在になりたいなら、生きていきて最後の一瞬まで責任持って生きるべきだ」
重い言葉を吐き捨てた私に、彼はふに落ちた様な顔をして「わかった」と答えた。
「秋恵ちゃんはどうするの?」
「できる限り長生きする、んで父さんも瑞穂さんも見送るつもりでいる」
「じゃあ僕は秋恵ちゃんも見送るよ」
「私は英人がいるからいい。自分の親とうちの父さんのこと考えな、それだけやればいい」
「……秋恵ちゃんの頼みだし、断れないなあ」
「それも聞けないような奴にうちの父親はやれん」
「普通それって父親が娘の恋人に言う奴じゃない?」
苦笑いしながらそうぼやくあたり、根の人の良さが出てる気がした。
それが多分佐藤充希という人間のいいところだと思う。
「帰るか」
自分の中で色々と答えが出た気がする。
「冷たいのが飲みたい」
そうだねと私が告げると私たちはノロノロと階段を降りた。


タブレットとキーボードでのサイト更新練習も兼ねたお話。残される人間が負うのは傷なんかじゃないのだ、と言うことを土曜日あたりから考えてたので。