大都会の夜は遅くになっても人の波は途切れず、縦横無尽に歩き回る人々の群れが遠くに聞えた。
時刻は夜10時。もう歩いているのは大人ばかりだ。
「おかえり」
「瑞穂さんどうしたの」
「コンビニ行くついでに迎えにね。これから徹夜で仕上げないとならない書類があって」
「お疲れさま、缶コーヒーでよければ1本あるよ」
ポケットから引っぱり出したのは微糖の缶コーヒー。自販機でボタンを押し間違えて買ってしまった奴だ。
「ありがと」
缶コーヒーを受けとって瑞穂さんと私は並んで歩く。
西武線の線路沿いの道を二人並んで歩いているとなんだかデートみたいだね、と私が言うと色気のないデートねえと瑞穂さんが言う。
「だいぶ涼しくなって来たよね」
「もうすぐ秋だってことでしょ」
「まあ、そうとも言うね。都会暮らしは季節感が薄くて駄目だわ」
小さい時は風や近所に咲く植物、近くにある神社のおまつり、父親の生活リズム(シーズンが近くなると身体づくりのための節制を始める)、色んなものから季節を感じていたように思うのに最近はどうも鈍くなってきた気がする。
「それは秋恵が鈍いからじゃない?」
「えー?」
「お店の商品の移り変わりとか、街行く人の服装とか、そう言うのでも案外わかると思うけどね」
そう言うものだろうかと少々疑問を感じていると、遠くから列車が池袋に向けて走ってきた。
風を切りながらガタゴトと走り抜けるのを見ていたら何故か過去の映像が脳裏を蘇ってきた。

夜の上野駅はどこかざわざわした雰囲気があり、左手に大荷物を抱えた父さんは私の手を掴んでいた。
母さんも背中に夏海を乗せて私の反対側の手を掴んでいる。
『とーちゃ、あの青い列車乗ると?』
『乗るのはあれじゃないなあ、あれは熊本に行く奴だ。これから乗るのは青森のじーちゃんばーちゃんちに行く列車だよ』
『ふうん』
まだ改装前の古臭い空気の残る上野駅にたむろする大人たちはどこか酒とたばこの匂いがしていて、私達はその空気にそぐわないように思えた。
青森の父方の実家に行く、というのもいまいち気乗りしなかった。津軽弁は難解で成長した今でも何を言ってるのか分からないことが多く、小さかった私にはまるで宇宙人の言葉のように聞こえていたせいもあった。
どうせなら夏休み中東京で遊んで過ごしたかったけれど、青森に帰った時の父さんはいつも嬉しそうだったから今更嫌だというのは気が引けた。
『ああ、来たな』
遠くから警笛の音を響かせて、青い列車がホームに滑り込む。
列車の先頭には丸い飾りが吊るされていて人々は待ちわびたように列車を迎え入れた。
列車がホームへと滑り込むとゆっくりドアが開く。
『さて、青森に帰るぞ。秋恵』
父さんは本当にうれしそうに笑って私の手を引いて、列車に乗り込むのだ。

「あきえー?」
「あっ、ごめんなんか急にフラッシュバックが……」
記憶の中の私は小学校に入るかどうかぐらいの年頃をしていて、随分古い記憶を引っぱり出してきたものだとため息を吐いた。
「なんかやな思い出でも?」
「いや、列車にまつわる割とどうでもいい……って言うと語弊があるな、まあとにかく悪い思い出じゃないよ」
そう言えば父さんは青森に帰る時だいたい一度飛行機か列車で東京に出てから寝台列車で帰った。
青森行きのブルートレインがすべて廃止になってからも東京経由で新幹線を使っていたし飛行機で青森に帰った記憶は全くと言っていいほどない。
鉄道が好きというよりもただ単にあれは思い入れだろうと推察するが、真意のほどは不明だ。
「……瑞穂さん、」
「うん?」
「今度青森三人で行きたいね、寝台列車で」
寝台列車の個室の揺れや匂いが記憶からよみがえる。
線路沿いの道に列車の走る音はまだ止むことはない。
「寝台列車って今でもあるの?」
「ないけどさ」
とりあえず今帰るべきは私たちの家だ。
真夜中の道を歩きながらどうでもいい話をしてまずは帰ろう。

寝台列車というモチーフが好きすぎるオタクなので許してくれ。でも秋恵ちゃんにとって帰る場所って宗像じゃなくて弘前なの……?という疑問はある