日野の実家に帰る前に立ち寄ったのはかつて私たちが出会った場所。
ラグビースクールの練習場があったのは大手企業の工場の敷地内にあるグラウンドで、周囲には工場の人向けの小さい飲食店が点在していた。
とは言っても今は関係者じゃない私たちが入るのは憚られてしまうので周囲を歩くだけだ。
「ここ、昔パン屋さんだったよね」
嘉穂がそう呟いたその場所にはお弁当屋さんが入っている。
「そうだっけ?」
「うん、ここだよ。お洒落な雰囲気のパン屋さんでよく練習の後にここでパンの耳貰ったりドーナツ買ってバスで家まで帰ってた」
「あー……そっか、ここだったね」
言われてみれば思い出せる。

それは私がラグビーを始めてすぐの頃のことだった。
『お父さん、私ラグビーやりたい』
そう告げると父親は喜び勇んで女子を受け入れてくれるラグビースクールを探し回り、日野の自宅から通えて女子も受け入れてくれる上雰囲気も和気藹々としていて楽しそうなこのラグビースクールを選んだ。
女子で中学生からスクールに通い始める子は珍しかったが、男子に比べると女子は人数が少なく八王子や三鷹から通う子もいたのであっさり溶け込むことが出来た。
けれど、一つ問題があった。
府中のスクールから日野の自宅までバスと電車で1時間弱かかるので練習後どうしようもなくお腹がすくのだ。
市内に住んでる子たちはいいのだが、市外から通ってる子にとっては結構な死活問題で補給食と言う言い訳の元自分でおにぎりを持参するとか近くの飲食店で買い食いして帰るのが普通だった。
『きょうおやつ何食べる?』
『揚げ耳パン!』
私と嘉穂が良く通っていたのは練習場そばにあるこじゃれたパン屋だった。
ふかふかのサンドイッチや焼きたての食パンなどいつも食欲をそそる匂いがするお店で、店主はよく私たちに残り物のパンの耳を揚げてきび砂糖やきなこをまぶしたものを大きな紙袋に詰めて100円で売ってくれた。
揚げたての奴をお店の軒先でパリパリかじっていると嘉穂のお母さんが迎えに来てくれて、ついでに駅まで乗せてこうか?なんて言われてよく便乗させてもらったっけ。
サクサクのパンの耳に黒糖の甘さが口に広がって、あれがいつも好きだった。

「……嘉穂、」
「うん?」
「思い出したらパン食べたくなってきた」
「春賀って結構食欲に素直だよね、まあ私もちょっとパン食べたくなってきたし行こうか」
あれからもうだいぶ長い月日がたったけれど、私達は相も変わらずラグビーボールを追いかけているしこうしてずっとつるんでいる。
それがきっと幸せって奴なんだと思うのだ。

パン旅。見てるとパン食べたくなるよね(どうでもいい)