透き通る青い空の下、林檎の花がさわさわと風に揺れた。
(……林檎の花ってこんな匂いするんだ)
いつもは滅多にこない5月の津軽の風には林檎の爽やかで甘い匂いが微かに混ざっている。
私は大学で覚えたカメラを三脚に乗せ、三人の姉とその恋人が華やかに着飾っているのをカメラに収めた。
「冬湖もこっち来な」
「ううん、いいよ」
秋姉ぇがそう言うけれど、場の空気自体が幸せに満ちていて私が入ると壊れてしまいそうな気がしてカメラに収めるのが精いっぱいだった。
青森のおばあが待ちくたびれたようにまだ?と呟くのをおじさんが宥め、お父さんの昔の友人たちが青森の美味しいものをほうばりながら主役の登場を待ちわびていた。
遠くから軽やかな鐘の音がすると、目の前にバージンロードが突然敷かれた。
いつの間にか作られていた教会によくある机(主祭壇と言うらしい)が花の咲き乱れる林檎の大木の前に現れて、机の前には花婿姿の佐藤くんが緊張気味に立っていた。
そして、バージロードのもう片方の隅にはお父さんとお母さんがいた。
いつも試合前に着ている見慣れたスーツを着たどこか緊張気味のお父さんと、シンプルな白いワンピースに低いヒールを履いたお母さんが腕を組んで並んでいる。
お母さんは私たち四姉妹を見るとニコリと小さく微笑むので私は小さく微笑み返してシャッターを切った。
そしてバージンロードを歩き切るとお父さんとお母さんの腕が離れ、お母さんが何かを小さく二人に告げると佐藤くんとお父さんが並んで机の前に立った。
そして三人の姉たちの前を素通りして私の横にお母さんが立った。
「おかあさん、」
「久しぶり冬湖、大きくなったわね」
「うん、いま大学生だからね」
「豊くんも老けちゃったものねえ」
呆れ気味にそう言いながらもお母さんは私の横にいる。
お父さんと佐藤くんは林檎の大木の前に並ぶと佐藤くんはゆっくりと口を開く。
「彼を共に生きるパートナーとし、今日よりいかなる時も共にあることを今ここにある皆様と津軽の自然に誓います」
お父さんが佐藤くんを見て小さく頷くとお父さんもゆっくり口を開く。
「今日より彼を共に生きる相手とし、道を分かつその日まで共にあることをこの木と御来賓の皆様に誓います」
二人の誓いが成立するとお父さんは微かにかがんで二人が誓いのキスを交わした。
シャッターを切っていると隣から拍手の音がして、お母さんの方を見ると何故だか満足そうに見えた。
「……豊くんの好きな人がいい子で良かった」
「お母さんはそれでいいの?」
「いいのよ、私は豊くんと可愛い娘たちの幸せが一番だもの」
「お母さんは幸せ?」
「もちろん。これで安心して神様に報告できるわ。……冬湖も、自分の幸せを見つけてね」
お母さんが穏やかに微笑むとつむじ風が吹いて、林檎の花びらが数枚風に舞い散って行った。
そして気付いたときにはお母さんはもういなかった。



「……っていう夢を見たんだよ」
「へえ」
昨日から泊まりに来ていた佐藤くんやさっき遊びに来たお姉ちゃんたちが午前のおやつの準備をする横で、今日見た夢の話をする。
春賀と夏姉ぇが贈ってくれたチョコレートが机の上に並び、台所からはカカオのほろ苦い香りがする。
「たぶん昨日見たニュースのせいかな」
「ニュース?」
「きょう、同性婚を求める一斉訴訟があるんだって」
けれど案外お母さんが私に見せてくれた夢だったらいいな、と思ってしまう。
「豊さん、ガトーショコラ焼きましたよ!」
「ホットミルクも入れたよー」
「ありがとう、食べようか」
だって今日はバレンタイン、世界中が愛する人のしあわせを祈っている日だから。

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バレンタインに行われる結婚の自由をすべての人に訴訟をこっそり応援したい気持ちを込めて

バレンタイン当日にもバレンタインネタをぶち込む。書き過ぎとか言わないでください。