Mizuki-sss-2011
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戦争と平和

8月は「戦争と平和」を考える季節。

毎年この時期になると必ず鑑賞し、何度見ても鳥肌が立つビデオがある。

「元陸軍少尉・小野田寛郎」



「捕虜になるくらいなら潔く死ね。」という出征時に送られた母の言葉と、

「たとえ最後の一人になっても、生き残って戦え。」という陸軍中野学校の教え。

この二つの矛盾を抱えながら終戦を知らずに、

フィリピン・ルバング島で30年間戦い続けた小野田さん。



平和な時代を生きる私たちにとって、彼の語る言葉は深く心の奥に突き刺さる。



私は戦場での30年、生きる意味を真剣に考えた。

戦前、人々は命を惜しむなと教えられ、死を覚悟して生きた。

戦後、日本人は何かを命懸けでやることを否定してしまった。

覚悟をしないで生きられる時代は良い時代である。

だが死を意識しないことで、日本人は生きることをおろそかにしてしまってはいないだろうか・・・。



2012年、戦争を知らない世代が8割を占めるという。

幼少期、苛酷な戦争を体験した人たちの言葉は

未来に伝えていかなければならない。


思春期の子供たち、いまどきの親子関係とは・・・。

仕事で出入りしている幼稚園の先生とのお茶飲み話より。




数年前の中学校の部活参観の日、旧第二中学校の体育館の外に生徒のお父さん(私の学生時代からの友人)がポツンと一人。

「どうしたの?」と声を掛けると、「娘に『学校に来ないで。』と言われている。部活の様子を見に来たのに、顔を合わせられない。」と寂しそうに一言。


思春期の子供を持つ家庭の微妙な親子関係を垣間見た気がした。


子供がまだ幼稚園児や小学生だった頃、私たち親は、子供と一緒に遊んだり、学校の行事等にも積極的に親子で参加したりしていた。

当時、「いつも近くにいて守っていてくれる親」が子供にとって望ましい親だったに違いない。


しかし、やがて中・高校生になり、思春期に入ると、子供たちは心身ともに成長し、強く自立したがるもの。
(だからといって、彼らにはまだ本当に独り立ちするだけの力はなく、親に甘えたい気持ちも少なからずあるはず。) 


この難しい時期に良い親子関係を保つ秘訣、それは今の彼らの心に〝共感〟することだと思う。



自分たちもそうだったんだ・・・、と。




子供の成長を信じられず、いつまで経っても守り続けて甘やかしてしまう親、子離れ出来ない親は、ちょっと大変かも・・・。

総じて、「時には甘えさせる、でも、甘やかさない」、そして「多少の距離を置いて、子供の成長を見守る親」がこの時期の子供にとって望ましい親の姿なのだろう。


もちろん、思春期になっても親の役割は小さくなるわけではないし、時には”お節介”も大切。



何事も〝バランス〟が大事。



親(特に母親)にとって、子供はいつまで経っても「赤ちゃん」。


・・・でもね、子供って、親が思っているほど、いつまでも子供ではありませんよ。




変えられない大人たち

春が近づくと必ず出てくるこの手の新聞記事。

http://digital.asahi.com/articles/TKY201201140378.html

http://digital.asahi.com/articles/TKY201202180371.html



PTAだって青少推だって、いつまでも「子供たちの成長のために」なんて大義名分に縛られてばかりいるから、肩の凝る、型にハマった、堅苦しい活動しか出来ない。



「子供を育てる」とは「自分たち大人も育てられている」こと。



いっそのこと「自分たち大人のため」というくらいの大胆な発想で考えていけば、もっと楽しいアイデアが思いつくはず。

そして、時にはその中に子供たちを巻き込んだり、我々が学んだことを子供たちにフィードバックしていけばいい。

もしそれがダメだったとしても、その時はその時で考えればいい、ただそれだけのこと。



「失敗を恐れずにチャレンジしなさい。」って、大人は子供によく諭すじゃありませんか。



失敗を恐れて、既存の慣習を変えようとする空気さえ作れないのは、むしろ大人たちの方。




ボランティアなんだから、基本「なんでもあり」で良いんじゃありませんか?




半強制的に参加を要請されて行われる上部団体の講演会・あまり意味があるとは思えない研修会や、予算を使うだけの前例踏襲的な活動は、いい加減にもうやめましょうよ!


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