みずいろの歌日記

みずいろの歌日記

玉置浩二さんと安全地帯を愛しています!
ツイッターとFBでファン友さん達と繋がって応援させていただいています。
こちらは通い始めたヴォーカル教室の覚書ほか雑感です。

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本当はblog書いてる時間的余裕は私にはない筈なの。
月曜日jazzのオンラインレッスンなのにまたもや復習そっちのけで、、、

先生大好きなのよ。
ちっともまともに歌えないけどレッスンも楽しい。。

本来なら玉置さんのソロコン前に終わってたシャンソンのミニコンセールが10月末に延長になった。
これは、主催者や共演者、お客様に迷惑をかけられないので、その間に参戦したいくつかの玉置さんのライブ後にはあの独特な放心状態と闘いながらもなんとかこなしたけどれど、、

今はまだ3日前のソロコン故郷楽団2021chocolate cosmosのオーラス国際フォーラム公演の夜から私の魂はあちらの世界にさまよい出て帰ってこない。

アンコールの「幸せのランプ」の背景…ライトアップされた東京タワーのもとネオンのともる首都東京の夜景にいつしか雪が舞う。
あの美しい情景の中に今もなお身を置いている感覚。

「旭川に帰る」そう漏らしていたという昨年初めの玉置さん。
それは音楽を、歌うことを辞めるという意味だったんだと先日のミュージックスペシャルの典子夫人のインタビューを聞いて思った。

今年の玉置さんは自らがjunk landと呼んだ世知辛い東京にとどまり歌い続けていく覚悟がしっかりとできたんだね。

安全地帯公演の「あの頃へ」で玉置さんの愛する故郷北の大地に降らせた真っ白な雪を東京の空に舞わせて…2021年、幼いころから育んでくれた故郷と、苦しみながらもミュージシャンとしてのキャリアを重ねた東京が玉置さんの中で重なった…と私はそんなイメージを持ったの。

そしてそれを私は「幸せのランプ」の歌詞に重ねて
「今いるところで今やっていることを心を込めて精一杯やりなさい。
そして、それでもどうしてもやりきれなくなったら原点にもどりなさい」
というメッセージとして受け止めた。
 


玉置さんの全てのコンサートが中止となった2020年、発売になった映像やテレビ放映でしか玉置さんを体感できなかった日々…もしかしてここ数年私の培ってきた大き過ぎな玉置愛もこのまんまフェードアウトしてくのかな~なんて心もとない気持ちになったりしてたよ。


けれど明けて2021年今年、玉置さんは固い意志をもって、シンフォ公演を皮切りに故郷楽団2021と名付けたソロツアーを各会場100パーセントの収容率で敢行。
シンフォ公演カぺーり初日には朝日新聞の全面広告で決意表明したのよね。

歌は僕を生かしてくれた。
音楽は僕を救ってくれた。
だから誰かの心を救えると信じて
歌い続ける。
音楽はすべての人の味方だ。
玉置浩二


改めて

玉置さんについて行こう、見届けよう、応援したい…って思った。

故郷楽団2021chocolate cosmosツアーで玉置さんはあの決意表明を体現してくれたんだね。


私の故郷楽団参戦の初日は富士だったけれど、玉置さんの歌声は今までのライブ以上に声の伸びも感情の乗せ方も凄まじく、遠慮も躊躇もなく歌われるその姿に度肝を抜かれた。
玉置さんの凄さは知ってたはずなのに,、その精魂の傾け具合に私は唖然とした。
第2部のはじめの中北さんのパーカッションでのパフォーマンスも印象的。
大好きな「終わらない夏」をあんな形で生で聴けて感動した。

 

 



続くオーチャードでの公演はその日が本ツアー初参戦の隣席の玉友さんが何度も嗚咽をこらえる気配に、彼女の揺さぶられた感情を思いもらい泣きしたな。
「足を運んでくれてありがとう!!」

という玉置さんの言葉に涙にぬれた瞳でこちらを振り向きマスクの下で「喋った!!」って言って微笑んでたっけ。
青や赤やさまざまな模様を描く照明にも目を奪われた。



地元菊川公演は3列目のチケットだったが最前列の座席が取り払われてたので実質2列目のどセンターという神席。 
玉置さんの表情や衣装の細部に見惚れ、何度も「視線を交わした」と勘違いしたっけ。
少し左よりにいた最前列の若い男の子たちのグループに向けてははっきり微笑んでたよね。
楽団の方々が音だけでなく、歌を口ずさんだり、手拍子をあおったり、hedobannしたりして盛り上げてくれる様子に心があったかくなった。

 

 

オーラスの国際フォーラムでは「嘲笑」「コール」「aibo」「Mrロンリー」「サーチライト」「JUNK LAND」…これらは私が今まで生で聴いたなかで最高の歌唱およびパフォーマンスだったと思う。
フェイク、アドリブを駆使し身体の動きも含め魅せるステージを作り上げてた。
あの場にいられた幸運に感謝。
お正月のWOWOWが楽しみだ。

 

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というわけで、ずっとあちらの世界に浸っていたいところだけれど、、、私もそろそろこちらの世界に戻り、玉置さんを見習って、やるべきことを愛を持って丁寧にやらなければ。。



 



 

 



 

 

 

 

 

 

昨夜2021年5月1日、NHKBSプレミアムにて玉置浩二ショー第11回放映。
4K8Kの先行放送から1か月待ち続けてようやく視聴ラブラブ
歌いだしは大好きな安全地帯アルバム12収録の「ステップ」から
容姿的に若返った感の玉置さんは衣装・スタイル・ヘアだけでなく歌声もパフォーマンスも生気にみちてきらきらしてたキラキラ

 

オープニングの最後に見せたあのお茶目な玉置さんの顔…見ました??ニコニコ

AIさんとのコラボで玉置さんの歌声を聴いた時のAIさんの感動した表情…玉置さんとフェイクを重ねた時の平原あーやちゃんの恍惚顔…見ました~??
ニコニコ顔の玉置さんと肘タッチしたときの押尾コータロー氏は陽水さんとセッションした後の玉置さんみたい…って思ったのは私だけ??

年若いミュージシャンを愛で包み込む感じに音楽人としての玉置さんのとてつもない大きさが隠しようもなく表れてるよね。

セッションタイムは小室哲哉氏と坂本美雨さん。
美雨さんのラジオは何回か聞かせていただいてたけど映画ポッポやの曲を歌ってらしたとは知らなかった。
ファン友さんが紹介してくれたインスタをみるとちょっと森山良子さんみたいな楽しい方のよう。
小室氏のそばに氏を慕うこんな明るい方がいてくれるのは、なんか氏にとっては良いことだよな…となぜかほっとしたりして。
小室氏が玉置さんにご自分の曲のことを「覚えてきてくれたんだ」と言った時、FNSのつんくさんとのコラボを思い出してしまったのは内緒にひひ
ユニット作りたいっていってたけれど、同い年トリオのASKA氏のこともどうぞ忘れないで。
玉置さんの同時代をともに音楽ともに歩んできた方々に寄せる連帯感と優しさとリスペクトの深さを感じた共演だった。
 

合間時間の「エネルギー」 
「愛だけがエネルギー」という歌詞は松井五郎氏の作詞だけど、この言葉は玉置さん自身のことだよね。
歌とは音楽とは愛そのもの、歌とは音楽とは自分自身…そう答える玉置さんだものね。

そしてラストの「無力の剣」
自分が一番言いたい事かもと玉置さん。
ナレーションの時「新聞紙の剣」の代わりにマイクを頭の上にかざす玉置さんを見た時、思わず声をあげそうになった。
「新聞紙の剣」は、人が人として人生を恐れずに生きていくための武器・・・それは決して他者を傷つけるための武器ではない・・・そんな玉置さんの思いがストンと胸に落ちてきたから。
「新聞紙の剣」はもう添い寝はできない幼子に安心した眠りを祈る母の愛の形。
玉置さんが作詞した「正義の味方」のヒーローがなぜ心の愛なのか。
マイクを持って歌う玉置さんは「歌は愛」って言ってる。
「音楽は誰も傷つけない」とも。
玉置さんの「新聞紙の剣」はきっと歌なんだね
愛の形である歌で玉置さんは人を襲う理不尽なものと誰も傷つけないようにと祈りながら戦ってるんだね。
これからも性根を据えてその戦いをずっと続けていこうと決めたんだね・・・・と今回も妄想が暴走(笑)

ところで「無力の剣」の「ハナたれ小僧ふたり」って誰のことなんだろう。
「君じゃなきゃやめてた」君って誰のことなんだろう。
私には安全地帯の仲間・・・音楽という武器で共に戦ってきた仲間のことを歌ってるようにしか思えないんだよね。

という訳でコロナが収束したら、きっと玉置さんは安全地帯40周年記念公演をやってくださるだろうと、私信じてる音譜

今回の玉置浩二ショーはオープニングとラストの2曲が私の大好きなアルバム安全地帯Ⅻから選曲されてる。

ともに作詞も作曲も玉置さんご自身。

オープニングで歌われた「STEP!」に人は人を裁くために生まれてきたんじゃない」という印象的なフレーズがあり「ハンティングングシューズ・ソルジャーブーツ・ポリスマンブーツ脱いじゃって、楽んなってボロボロのシューズ♪」とも歌われるのだ。
人を狩るための、人を裁くための靴はいらない。
ボロボロでもいい自分なりのステップが踏める靴を履いて、あーだこーだばっか言ってないで、額に汗しながら一生懸命自分なりの愛を生きようぜ!!って私には聞こえる。
そして玉置さんの履く靴はやっぱり歌という名の愛なんだろうな~💛

 


 

 

 

玉置さんは言った。
一月九日の玉置浩二ショーⅩのインタビューで。
「いったん行きましたね。音楽やめようかなっていうところまで」

先日フォロワーさんのおひとりが呟いてらした。
玉置さんとお親しいASKA氏がブログか何かで「玉置が旭川帰るって言ってる。帰らせねえよ」って四月頃書いてたって。

「悔いがないところまでやったし」、別のインタビューでは「音楽やめたら楽になるんだろうなって時々考えたりもするんですよ」とも。

それでもやっぱり玉置さんは音楽の元に帰ってきた。
それは宿命だったともいえるし、愛だったともいえるし…どちらにしても感謝しかない。

そして歌われた曲が「俺は狂ってるかもしれない」と「NoProblem」だなんて。。

アンプラグドライブで狂気とも焦燥とも絶望感ともいえるすさまじい情念を感じさせた「俺は狂って…」と、バブルを体現したような安全地帯ミアスツアーでの妖艶な「NoPoblem」が、音楽をリスタートさせた62歳の少し細身になられた玉置さんによってリズミカルにカッコよく 、ファンクというよりはロックに歌われてて…大丈夫玉置さんはしっかりと音楽での次のステージにたったのだと涙がこぼれた。

秦さんとのコラボも小林武史氏&青葉市子さんとのコラボも素敵だったけれど、私個人としてはケイコリーさんとの「Imagine」がぐっときた。
玉置さんがいつも言う「争いのない、みんな笑顔で、分け隔てなく、誰も見捨てない」そんな世界の実現への今だからこその祈りを込めたメッセージ。
何年か前、ケイコリーさんのステージに、客としてきていた玉置さんが飛び入りしデュエットしたのが話題になったけれど、もしかしてその時にケイコリーさんの「imajinn」をお聞きになって心に残ってたのかな。


JAZZ歌手の方々が歌われるポピュラーソングは名唱が多いのよね。
そういえば、一昨年は誘っていただいてダイアナクラールのコンサートに行ったのだった。

DesperadoとかをカバーしたWallflowerというアルバムがとても素敵で。
今は勿論ダメだけど、コロナ後の世界で海外アーティストが来日できる日々が果たして来るのかしら。。


また、コロナでということではないけれど、玉置さんが情熱的に応援してくださってる香港ファンの方々の前で熱唱できる日は…いつか。。
2017年の安全地帯公演で香港遠征した私達を信じられないくらいの心のこもったもてなしで歓待してくださった香港の方々の顔が目に浮かぶ。
玉置さんが「HongKong」を歌われたのはそんな方々へのエールだったのだろうね。
これもカッコいい仕上がりできゅんきゅんしたな。

紅白で玉置さんの評価があがったのも嬉しいし、美しく何者かが宿ってるようなWOWOWでの能楽堂のライブにも圧倒されたけれど、、やはり玉置さんにはたくさんの人たちを前にしたステージで思い切り歌ってほしい。

遠征不可の私にはこれから始まるシンフォで玉置さんを応援することはできないのだけれど、どうぞ無事に開催され成功の裡に終わりますように。。

 

玉置さん歌うことを手放さずにいてくれて本当にありがとう。

愛してますラブラブラブラブラブラブ

最後に名盤「カリント工場の煙突のうえに」から「家族」を黒の衣装で歌われた玉置さん。
この難曲をCD以外で聴く日が来ようとは。。
WOWOWでの能楽堂ライブの収録の前日お父様が亡くなれてたことをお話下さり「唯一父さん母さんという言葉が出てくる歌」「俺歌えるのかな」とおっしゃりながら…

お父様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
 

ご夫婦仲の睦まじかった玉置さんのお父様とお母様、あちらで仲良く玉置さんのお歌いになる姿をご覧になっていらしたことだろう。

 

 

 

 

 

 

昨年はとうとう1回も玉置さんのライブに行けなかった。
ファンになって初めてのことだ。

一昨年は薬師寺での公演や安全地帯甲子園もあり幕張でのXmasディナーショーまで旭川遠征も含めて少なくとも12回は生玉置さんの歌声に触れている。


高齢の母のこともあり、いつライブに行けない状況になっても悔いないようにと玉置さんを追い続けた6年間がまさかこんな形で中断されてしまうとは。(終わってしまったとは書きたくない)


今年70歳の誕生日を迎える私は、経済的な事情も含め今までのようなやみくもな遠征は控えるつもりで、その分地元で…と新しい活動を始めたばかりだった。


しかし、だからといって玉置さんから距離を置くつもりは毛頭なく、今後も状況が許すかぎりゆるゆると追いかけ続けるつもりだった。


だからこんな形で一年まるまる玉置さんと会えないなんて…もしかして玉置さんだけを見据えなかった私への天罰??と思ってしまったが…いやいや皆さん玉置さんと会えず、また玉置さんご自身がステージにたてないという、とんでもない世情に世界中が陥ってしまったのね。


多くのアーティストが無観客の配信ライブの告知をなさる中、ひっそりと沈黙の続いた玉置さん。

そんな中セルフカバーアルバムChocolateCosmosがリリースされ、お正月3日のWOWOW能楽堂ライブと半年ぶりの玉置浩二ショーと立て続けにテンションのあがる告知が。

いつかは世に出るだろうと思ってたセルフカバーアルバム第二弾。
これが、玉置さんのアー写もPVもお洒落で、制作のコロムビアさんがとても力を入れてくださってるのがわかって、玉置さんを大切に扱ってくださってる感に大感謝。

そしてCDを聴き、ちょっと感傷的過ぎ?という発表時の感想だった一曲目「winterleaf」の玉置さんの優しい温かい声に思わず落涙。

もしかして私この声に飢えてた??

続く「むくのはね」の「夜の海にきらめく月明かり」の詞に私にとっての玉置さんの声のことだと胸をゆすぶられ…
「泣きたいよ」の玉置さんの声のみの美しいドゥアップに聴き惚れた。

声だけで全てもってかれてしまう。

「ホームレス」は一回だけビルボで聞いたことがあるがその時の哀愁がこのCDでは温かさに変わっている。

「ママとカントリービール」
竹中直人さんの詞で竹中さんのCDも持ってるし、かつての玉置さんソロツアーで何度も聞いてるが、アプローチが全く変わってる。
「青い空が落ちてきそう、僕はささえらるかな」の「かな」の歌い方の違いにびっくり。
お母様をお亡くしになった体験が変えたのだろうか。
お互いへの慈愛に満ちた親子のシーンが鮮明に浮かび上がる。

「マスカット」
PVで玉置さんの歌うシーンを観たときからの期待を上回った。
これは声とリズムが相乗効果で大人な妖しい色気を醸し出してて、聴き手を恋愛してみたい気持ちに誘うちょっと危険な歌かもね。


「花束」
最後の「すべてを」のシャウトが象徴的。
優しくて慈愛に満ちててもそれだけじゃすまない玉置さんの本質が表出してる。


「ティンクル」
ファン友さんたちからとっても評判が良かった楽曲。
「悲しみよこんにちは」を彷彿とさせる女の子言葉のポップなメロディが、玉置さんが歌うとファンキーなカッコ良い歌に変身してボーカリスト玉置浩二の真骨頂といったところか。


「スコール」
以前前田さんの歌うのを聴いて前田さんのポテンシャルの高さを痛感した曲だけれど、同じ曲でも玉置さんが歌うと、背景の広がり方が違うというか、特に玉置ファンは玉置さんの人生とか心情をなぞって聴いてしまうよね。


「忘れない」
松井五郎氏作詞の古いこの曲を玉置さんがここへ来てカバーし、しかもアルバムの最後にクレジットしたのか。色々妄想してしまう。
「忘れない」というタイトルも意味深に感じる妄想ファン(笑)


ブログ書きながら安全地帯甲子園のCD流してる。
玉置さんの声、絶好調。
弾んでる。
やっぱり大勢の聴衆の前で思い切り歌わせてあげたい。
なんの力も持たない1ファンの私はただ祈るのみ。

先日届いた安全地帯&玉置さんのFCチェリーの会報を読みながら、改めて昨年の安全地帯甲子園ライブについて思いを巡らせた。
とくに玉置さんによってつけられた「さよならゲーム」というタイトルの意味について。
FCの会報というものの性質上そこに載った記事には触れられないが、私が感じたことを独りよがりに、だが率直に言葉にしていきたい。

玉置さんという方は天才的な音楽の才能の持ち主だけれど、言葉のとらえかたや社会を見る目にも非常に独特な感性を有している。
インタビューなどで物の例えをする時や心境を語るときに玉置さんのことを熟知してる(勿論表に出している部分だけのことだけど)古くからのファンでさえもびっくりしたり当惑したりする発言を投下したりする。

けれど、ここが重要なんだけど、いつだって玉置さんの言葉は人や事象への愛にあふれてて、純粋で可愛い。
そして当初「え?」と思った言葉に後から「なるほど~」と納得させられる(私はねにひひ)ことが多い。

そこでこの「さよならゲーム」という玉置さん命名の甲子園ライブのタイトル。
このタイトルについて「え~さよならってまさか安全地帯解散??」との不安を心に押し隠した多くのファンが「甲子園球場だしさ、あれだよ、逆転満塁ホームラン野球のさよならゲームっていう意味なんだよ!!」ということで認識を共有し、私などもほぼほぼそれが正解と信じて今日にいたっている…いた。

ここで何故文末を過去形にしたかというと、到着した会報を読んでどうもそこにはもうひとつ別の意味も込められていたらしいと気づいたからである。

「人生ゲーム」という言葉があるが、様々な出会いと別れを繰り返して過ぎていくそれは、彼の井伏鱒二氏が漢詩の一節「人生足別離」を訳した言葉「さよならだけが人生だ」と入り混じって「さよならゲーム」と私の中で変換される。

「さよならゲーム」とは一期一会の生ライブを人生に見立てたものであったのではないか。
あのタイトルは一期一会に全魂を傾け全人生をかけてライブをするという玉置さんの決意を表明したものではなかったかと私は妄想する。

その場所に来れない仲間の田中さんを思いながら、世界の平和を祈り愛に満ちた時間を演者と観衆そしてスタッフ等そにいる全ての人々と共有した甲子園。

今までの人生の中でさよならしてきたものはみんな自分を形作ってきたもの。
そのことを玉置さんは良くわかっていらっしゃるのではないか。
そしてさよならしてきたすべてのものへ感謝と愛をこめて安全地帯の集大成である甲子園ライブのタイトルを「さよならゲーム」と名付けたんじゃないのかな~。

甲子園ライブが大成功に終わり、今先の見えない日々の中に私達はいる。
けれどそんな日々でも一瞬一瞬にさよならしながら誰もが懸命に生きてる。
私も私なりの「さよならゲーム」の中に身を置いて、多くのさよならしてきたものに感謝しつつ、世界の平和を強く念じながら、愛をまとって生きていきたいものである。
…ということで今回も勝手に玉置さんの言葉に納得してしまったニコニコ

そして「さよなら」の後には新しい「こんにちは」が待っている。
私達の人生にも、無論安全地帯や玉置さんの音楽活動にもねラブラブ