協調性を発揮しない部下(管理職のあなたへ)

 
 


 同僚がどんなに多忙そうにしていても、どんなに困って

 いようと、助けようとしない協調性のない部下がいます。

 組織は、複数の人の連隊から成り立っていますので、

 管理職としては、部下が互いに協調しあう事を強く望む

 はずです。


 部下の間に協調性がない組織は、組織としての力が

 弱いものです。

 個人個人の力は弱くても、協調性の強い組織は、

 非常に大きな力を発揮するものです。

 協調性は、どのようにしてつくられるのでしょうか?

 結論からいえば、集団の協調性は、「一人一人の

 メンバーがその集団に対して、どのくらいアイデン

 ティティを持っているのか」によって決まるのです。

 企業で言うと社員が、自分の部や課にどのくらい

 強い一体感を持っているか、どのくらい自分の部

 であり、自分の課と思っているかによるのです。

 さて、あなたの部下はどうでしょう。

 一体感を強く、持っているのでしょうか?

 かっての日本企業では、こんなことを考えなくても

 誰もが、会社や部・課に強い一体感を持って

 いました。

 それは、転職が非常に難しかったからです。

 
 

 しかし、最近は、管理職でさえ転職する時代です。

 会社への一体感は薄らいできています。

 部下にも、管理職の心理にも、会社や所属する

 セクションに対する一体感がなかなか持てないのです。

 そんな時代にあって、組織を活性化させるためには、

 管理職やグループ長が一体感を意識的につくるように

 しなければなりません。

 一体感をつくれば、協調性は、おのずと湧き上がって

 くるのです。

 人は、元来、集団的動物ですから、自分たちの集団

 を守ろうとする気持ちは本能的に強いのです。


 このような本能、すなわち自己のアイデンティティ

 をもった集団に対して思い入れる気持ちを

 高くするようにしなければなりません。

 協調性をつける為には、この思いが大事です。

 それには、色々な手段や企画が考えられます。

 例えば共通の目標を持つ事、それに向かって

 役割分担すること、共通の敵に対して防御すること

 楽しい会合で気持ちを和ませること、会社以外のことを

 互いに知って人間としての結びつきを強める事などです。

 管理職が、ただ口先だけで、部下に協調性を要求しても

 なんの効果もありません。

 集団としての気持ちを高めるために知恵を絞る事は、

 管理職の重要な責務と考えます。

 
  











「周囲のマイナスオーラに」 飲み込まれるな!

 
 

 

時として、周りからいい人、優しい人と言われた人は、

 

常に悲観的な考え方の人(マイナスオーラの人)に頻繁に

影響してしまう。

 


これは、悲観的な人(マイナスオーラの人)の長い愚痴や悪口を

聞いたあとに、
自分自身も精神的に参ってしまうのである。

 

一度や2度は、あなたも経験があるはずである。

 


ただのいい人は、悲観的な考え方の人に感染した後も、

 

「これで相手が癒されるのであれば、それでよい。」

 

と、自分で納得する。

 


これは、ある意味で、泣き寝入りと類似している。

 

悲観的な考え方の持ち主は、聞いてくれた人の同感

 

の言葉を待っている。

 


その言葉をいい人が発した直後に、彼は一気に、いい人の

 

懐に入り込むのである。

 


いい人のことを運命共同体としてとり込もうとするのである。

 

さらに、同調しようものなら、さらにまくしたてる。

 


一方的かつ狭い視野での、偏った悪口一色の話題で、あなた

 

の心を完全に包囲してしまう。

 


このバランスを書いた、ヒステリックな中傷語は、聞いている側の

 

心を疲弊させて、その後も相手は、会うたびにあなたに、誰かの

 

悪口を演説する。

 


そして、相手は、すっきりし、いい人は、またその分疲れるのである。

 

ここで、いい人は、大きな勘違いをする。

 


「彼の話を聞いて挙げれるのは、私しかいない。」

 

こんなものは、「やさしさ」でもなんでもない。

 


挙句の果て、どんどん悲観主義者に感化されていくのである。

 

ここで、一番かわいそうなのは、悲観主義者に寄生された

 

「ただのいい人」である。

 


そうならない為にも、そういう話は、遮断しよう!!

 

無反応を決め込んでもよいのである。また、注意してもよい。

 

それで、関係が切れるのなら、願ってもない事と割り切るしかない。

 

ただのいい人になって、マイナスオーラ、悲観主義者のはけ口に

なっては、絶対にいけない。

 


そんな事にエネルギーを使わずに積極主義、前向きな人

(プラスのオーラ)の人の
パワーをもらうべきなのである。

 

パワーをもらうならこちら!

後光の指す人’ ってどんな人



聞き慣れない人には、少し難しい話ですが、


「ハロー効果」 と言う有名な心理法則があります。






別名、「後光効果」 とも言われますが、ハローとは、



挨拶の「ハロー」と違い、「HALO」で、製造や仏像など



の頭部あるいは、全身の背後に輝いている放射状の



光や金色の光輪の事です。




皆さんご存知ですよね。 



仏教でもキリスト教でも、



神様や仏様の背後には、いつも後光が差しています。



もともとの語源は、「太陽の光の輪」 に由来しています。



いずれにしても、ハローとは、圧倒されんばかりに



まばゆく輝く‘後光’の事です。




「ハロー効果」とは、ある人を評価する時にその人が、



「一つの点」 で大変に優れていることが知らされると



「他の側面についても望ましいものを持っている」 と



みなしてしまうことを言います。




優れたスポーツ選手、例えばプロ野球で大活躍した



選手は、プレーヤーとしての技能に優れているのですが、



評価は、それだけにとどまりません。




きっと監督としてもすぐれている、そればかりか



人間としても優れている、と思われがちです。



プレーヤーとしての技術は、確かに確認されていますが、



監督としては、まだ何も確認されていないはずなのです。



それでも、監督としてもきっと優れていると評価されます。




有名な言葉に、「名選手、名監督にあらず」 があります。



これが、「ハロー効果」です。




このハロー効果により、




人は、思わぬ勘違いや誤解をしてしますことになります。



それでも、ハロー効果は、なかなか無くなりません。



それほど、この効果は心理的に強力なのです。



ハロー効果は、「本人の特性」 だけに限りません。



本人が持っている 「物品」 によっても生じます。



ベンツに乗っている人、シャネルで身体を包んでいる人



に後光を見てしまう人も少なくありません。



では、一緒にいる人はどうでしょうか。?



とびきりの美人をガールフレンドに持っている男性は、



後光が差して見えるのでしょうか?



このハロー効果を意識して美人と付き合っているのでしょうか?



自分が、高く評価されることを無意識的に知っているので



しょうか?



心理学の実験では、現実的に、美人と付き合うと、男性も



魅力的に見える結果になっています。



従って、逆の場合は、マイナスのハロー効果になります。




この現象は、付き合っている友人との関係でも同様ですね!



凄い優秀な友人や、あるいは、金持ちの友人を持ってる場合



は、自分もそれなりに、有能、金持ちに見られるのです。




もちろん、逆の場合は、無能、貧乏人と見られる事になりますね。




こういう人間の心理を知っておいて損はないと思います。






凍りついた心を溶かす「黄金の言葉」とは?



皆さん 新年あけましておめでとうございます。




今年が良い年になりますようお祈りいたします。


 

 


2016年 はじめての投稿です。



今年もよろしくお願いします。





さて、多くのビジネスマンは、度々夜の街に繰り出します。






彼らは、そこで、本能や感情を高揚させ、理性に反逆を企てます。






酒場には、彼らを縛りつける文字や観念は、何もありません。




あるのは、理性を酩酊させるアルコールと、孤独感を解消






させる雑談があるばかりです。






彼らは、「心」をねじ伏せている「意識」に、逆転の背負い投げ






を喰らわせようとしたのです。




飲酒や夜の街が現代人のストレスを解消するオアシスと






なり得るのは、彼らがその時ばかりは、野蛮な原始人に






戻る事ができるからです。 原始人に心の悩みはないのです。






さて、話を本題に戻します。





私の知人に、ある大企業の部長さんがいます。






この部長さんは、仕事上で、相当悩んでおり、軽いうつ病でした。






若い部下に対しての不満や上司への不満、会社への不満など






かなり深刻な課題が山積みでありました。




また、家族においても、奥さんは、夫の気苦労を懸命に支えようと






していました。






但し、奥さんは、「我慢してください。衝突して会社を辞める事が






あれば今までの我慢が水の泡になってしまうではありませんか!」






と言うのが口癖でもありました。




奥さんは、なにもわかっていませんでした。






人間には、我慢の限界というものがあるのです。






それ以上に我慢の人生と言うのは、つまらないものでもあります。






であれば、奥さんは、我慢を求めず、勇断を促すべきでした。




彼に我慢を求めたのは、彼女は、それまでの安全航路に波風






を立てたくなかったからです。






それまで、彼は奥さんに、こう言われ続けたのです。






「それrは、あなたの考え過ぎです。」 






「もっと心を大きく持ってください、。」




「あなたにも、どこか悪いところがあったはずです。」






「もっと若い人達の気持を理解してあげないと。」






確かにそれも一理あります。  その通りかも知れません。






しかし、その時に奥さんが、




「彼らはバカな連中なのよ!!」






「彼らは、みんな降格よ。」






「あなたが絶対に正しいわ。」






と夫に相槌をうっていたら、うつ病にはならなかったはずです。






彼がうつ病にかかったのは、理屈がわからなかったからではなく、




不快な感情を浄化する事が出来なかったからなのです。






もし、奥さんが、






「あなたの思う通りにしたらいいわ。」






「私はあなたを信じています。」






「尊敬してます。あなたの味方よ。」




などと、夫を肯定していたなら、彼の凍っていた心が温かい






春の風にふれて溶けだし、春の小川のようなものだったでしょう。






決して、うつ病には、かからなかったのです。






夫を信じて、ねぎらいの言葉をかける。




これが黄金の言葉なのです。






さて、あなたの奥さんは、どうでしょうか?









































































































「人生を気持ち良く、幸福に生き抜く法」とは?

 

 

戦後から、日本においては、「一つの会社で定年まで働く」

 

いわゆる終身雇用が、当たり前の考え方であった。

 

すなわち、何度も会社、仕事を変わるのは、あまり歓迎されて

 

こなかったのである。

 

 

その背景には、日本人特有の「忍耐」が美徳とされ、会社が最後

 

まで、守ってくれるという共通認識が存在していた。

 

しかしながら、今は少し事情が違ってきた。

 

 

よりよい条件の仕事場を求め、賢く天職、独立してステップアップ

 

してゆく事が当たり前になりつつある。いや、定着しつつある。

 

かっては、信頼できない、「ふらふらとした浮草のような生き方」と

 

されていた「たび重なるキャリアシフト」が新しい生き方として、前面に

 

出てこようとしている。

 

 

成果の出ない職場で、耐え、しのびながら毎日を過ごし、年月を重ねる

 

よりも、「賢く転職、独立」して結果を出してゆく事の方が、よりよいキャリア

 

アップをする賢い男になりつつある。

 

 

その一方で、現代流の「お人好しで、変化を恐れるただの良い人」は

 

小さな安定と、職場での混沌としたしがらみを宝物のように扱う。

 

その「宝物」自体も、心の底から望んで手に入れたものではない。

 

そんな小さな現状を維持する為だけに、「しっくりこない仕事」や

 

「ストレス満点の人間関係」に身を投じ続ける。

 

 

「耐え続ければ、ご褒美が待っている」と勘違いする。

 

もし、その会社からリストラされようものなら、本人の落ち込みは

 

相当なものになる。

 

 

つまり、この逆境を、新しい可能性へ挑戦する時間とチャンスが

 

芽生えた人生の新しいステップの機会を得たと言うようには、考えない

 

のである。

 

 

そういう人には、誰もなりたくない。

 

これからは、「自分の財産は、会社の中ではなく、自分の中にある」

 

と考えよう・

 

 

会社に忠誠をつくすことよりも、自分のキャリアを磨くことに視点を置こう。

 

自分は、今この会社でどのようなスキルを身につけられるのか?

 

自分は、どんな特技を持って社会に貢献するのか?

 

 

転職先では、何を身につけられるのか?

 

自分のスキルを一つ上げれば、どんな特技なのか?をいつも明確に

 

すべきである。

 

 

これまでに、積み重ねてきたキャリアやビジネスノウハウは、

 

あなたの中に秘伝のタレとして、存在する。

 

秘伝のたれがもっとも美味しく引き立つ仕事場を探す事である。

 

会社の大きさや名前にこだわっは、いけない。

 

 

自分が、どんな事で、社会に貢献し、その見返りとして、どんな収益

 

を生み出せるのか?

 

 

大切なのは、そのアクションに存在する。

 

それを正しく知る為に、これまで所属してきた会社名ではなく、「自分の

 

中にあるキャリア」を順番に紙に書き出してみよう。

 

 

その中にあなたの本当の「キャリアの軸」が隠されている。

 

その軸は、どこへ行こうと、何をしていようとなくならないのである。

 

会社に忠誠をつくすのも、良いが、それよりも自分のキャリアを磨く

 

方がよほどあなたの人生は快適なものになるのである。

 

 

さあ今から、新たな目標に向かって、スタートです。

 

 

 

幸せになる習慣 と 不幸にならない習慣



 皆さんは、幸せになる時は、どんな時ですか?


また、不幸と感じる時は、どんな時ですか?


 

   
愛犬のクーちゃん
 


幸せになる習慣 ----さらに、幸せになる



 笑顔


笑顔で接すると、顔がゆるみ、すべてを受け


入れる事ができる。


 他人と比較しない


特に自分より秀でている人との比較はしない。


全く意味がない事である。


 自分自身と友人になる


自分を好きになり、ファンになる


 他の人に無理に好印象を与えない


気持ちが楽になる。


 過去を変える。


特に、過去の失敗は、忘れてネガティブな


自分と決別する。


 失敗に対してプラス思考で考える


失敗は、次の成功への架け橋である。


 心配しない


ネガティブな心配よりポディティブな心配を


心がける


 他人の批判に鈍感になる。素直な自分になる。


自分が成長する情報源である



不幸にならない習慣 ---少なくとも現状維持



 自分を許す


自分を責めないことです


 他人を許す

 

他人を許してください。自分が楽になります。


 失敗を忘れる

 

失敗は、誰にもあるもの、出来るだけいやな事は、

 

  忘れる事です。


 リラックスする

 

いつも、余裕を持ちましょう。


 小さな成功を重ねる

 

大きな成功は、小さな成功無くしてありえません。


 事実と意見を分ける

 

事実、現実と意見は全く違います。



 

私は、愛犬大好き人間ですが、愛犬と過ごす時は、


 ささやかな幸せになります。 


    逆に、愛犬と会えない時は、本当にさみしいし、


   少し不幸と感じます。


 

 ほんの少しの幸せをアナタに!

 









「自分は、幸せだ」と感じるのは、どんな時か?

 
 

基本的には、どんな事をしても、心の満足につながらなければ


幸せには、ならないでしょう。


一番わかりやすいのは、言葉と行動によって表された愛


これに当たります。


「好き」という言葉をささやかれると、大変幸せな気分になります。


なぜ、「好き」の一言で、なぜそんなに幸せな気分になれるので


しょうか?


それは、「好き」という言葉は、相手の存在を強く肯定する言葉


だからです。


そもそも「自分の存在の肯定」は、それを手にしたときに、


「自分は幸せだ」と感じる全ての要因を包み込んでいるといって


良いでしょう。


多くの他者と友愛の関係で結ばれ、社会的地位が高く、貯金も


それなりにある。


欲しいものは、すべて手に入り、毎日うまいものを食べて


気持ちよくぐっすり眠る事ができる。


これが、「自分の存在の肯定」をする要因です。


これが、自分の存在が祝福されていると感じる幸福の条件


だったのです。


逆に孤独のつらさは、「自分の存在の否定」のイメージ。


「自分の存在の否定」は、それに直面した時に、


「自分は不幸だ」と感じる処々の条件をさします。


孤独で、社会的地位に恵まれない上に貧乏、従っていつも


欲求不満で胃が悪くおまけに不眠症-----


自分の存在が呪われていると感じる「自分の存在の否定」


こそが不幸の原因だったのです。


「人間は、パンのみに生きにあらず。」


たしかにその通りです。


しかし、幸福感が「自分の存在の肯定」にある以上、百科事典より、


パンや肉に食指が動くのは、当たり前の摂理というべきでしょう。


 

幸福感をもっと受けるには、ここをクリックしてください。


 

 

 

 

 

 

 

 

タフな人は、心の柔軟さにより生まれる。

 

 


自分は、王様だと思っている人は、心が繊細なクリスタルガラスから

 

出来上がっていることに気がついています。

 

だから王様のように、「自愛の精神」をしっかりとたずさえ、心が傷つ

 

かないように注意深く振る舞うことが出来るのです。

 


これが、自信と誇りに満ちた堂々たる王様の生き方というものでしょう。

 

この自愛の精神は、百点満点の発想法と言い換えてもよいでしょう。

 


しかし、「自愛の精神」と聞かされても、いったいそれが何であるのか?

 

多くの人は、面喰うでしょう。

 


エゴイズムや身勝手も、「自愛の精神」に違いないのです。

 


しかし、自愛とは、自分に百点満点をつけることだとわかれば、自愛の

 

精神をもつ王様の気持ちが理解できるはずです。

 


あるがままの自分に満足し、そのままの自分を大切にすること。

 


タフネスの正体が、徐々にはっきりしてきました。

 


心のタフネスは、心を鍛え上げる事ではなく、どうやら気分転換という

 

「心の柔軟さ」によってもたらされるようです。

 


そして、もうひとつのポイントは、不可侵領域にある心には、やたらに手を

 

触れてはいけないと言うこと。

 


それが、何者にも支配されない王様の心---百点満点の発想。

 

というとたいていの人は、意外そうな顔をしています。

 


ノイローゼにかかったり、「心の病気」に悩むのは、「心が弱いからだ」

 

と思い込んでいたからです。

 


心には、悪い心と良い心があると頭から信じていたせいです。

 

ところが、心には、弱いも、強いも正邪も美醜もありません。

 


現実社会とは、まったく別の次元にある心を、現実社会の価値観や

 

定規ではかると言うのが、そもそも大きな間違いなのです。


 


少し 心を休める時は、ここをクリックしてね!
 



命の炎を燃やして生きる

 

 

 

 

 

最近読んだ本で、非常に関心したので、紹介しましょう。

 

昔、「足なし禅師」と呼ばれた禅僧がいた。

 

小沢道雄師。

 

 

大正9年生まれ。

 

幼年期、曹洞宗の専門道場で修業。

 

二十歳で召集を受けて満洲へ渡る。

 

 

昭和二十年、二十五歳で敗戦。

 

シベリアに抑留されて強制労働。

 

 

しかし、肩に受けた銃創が悪化し、役立たずは不要とばかり

 

無蓋の貨車で牡丹江の旧日本陸軍病院に護送される。

 

氷点下五十度の極寒に夏服のままで、

 

 

支給された食料は、黒パン一個、

 

飲み水もままならず、三日間を費やした行程で、死者が続出した。

 

 

小沢師は、死こそ免れたが、両足が凍傷に侵された。

 

膝から下を切断しなければならない。

 

 

その手術の担当軍医は、内科医で外科手術ははじめて。

 

麻酔薬もない。

 

 

メスを執った軍医が、しばらく祈るように目を閉じた姿を見て

 

小沢師は、この軍医に切られるなら本望だと思い定めた。

 

想像を絶する激痛!

 

 

全身が、ギシッと軋んで硬直した。

 

すさまじい痛みは、一か月ほど続いた。

 

 

八月に突然帰国命令が出た。

 

歩けないものは、担架に担がれ、牡丹江からハルピン、奉天を

 

経て葫蘆島まで、千五百キロを徒歩で行くことになった。

 

 

だが、出発して三日目の朝、

 

目を覚ますと周りには、誰もいなかった。

 

 

満洲の荒野に置き去りにされたのだ。

 

あらん限りの大声で叫んだ。

 

 

折よく通りかかった、北満から引き揚げ途中の開拓団に救われた。

 

僥倖というほかは、なかった。

 

 

崖っぷちを辿るようにして、奇跡的に帰国した小沢師は、

 

福岡で再施術を受け、故郷相模原の病院に送られた。

 

母と弟が面会に来た。

 

 

「こんな体になって帰ってきました。

 

いっそのこと死のうと思いましたが、帰ってきました。」

 

と言うと、母は膝までの包帯に包まれた脚を撫でて小さく言った。

 

 

「よう帰ってきたな!」

 

母たちが帰った後、小沢氏は、毛布をかぶり声を殺して号泣した。

 

懊悩の日は、それからも続いた。

 

 

気持ちは、どうしても死に傾く。

 

その果てに、湧き上がってきた思いがあった。

 

比べるから苦しむのだ。

 

 

比べる元は、二十七年前に生まれたことにある。

 

 

二十七年前生まれたことを止めて、

 

「今日生まれたことにしよう。」

 

そうだ、本日たった今誕生したのだ。

 

 

脚がどんなに痛く、動けなくても、痛いまんま、脚がないまんま、

 

動けないまんま、生まれてきたのだから、何も言うことはない。

 

本日只今、誕生!

 

深い深い覚悟である。

 

  1. 微笑みを絶やさない。

  2. 人の話を聞こう。

  3. 親切にしよう!

  4. 絶対に怒らない! 

 

 

小沢師は、

 

この四つを心に決め、五十八年の生涯を貫いた。

 

命の炎を燃やして生き抜いた足なし禅師の人生だった。

 

 

「主」という字の「 ` 」は,

 

蝋燭の炎。 「王」は台のこと。

 

 

自分のいる環境を照らして生きる人のことを、主という。

 

命の炎を燃やして生きるとは、

 

自分が自分の人生の主人公に

 

なって生きることである。