車窓の外には、ススキ野が広がっていた。見渡す限りのススキである。列車は走っていくが、いつまで経っても、ススキ野である。まるで飛行機の窓から見る雲のようだ。白く光るススキが濃淡を交え、凹凸を繰り返しながら、ゆるやかにうねる地平線のあたりまで続いている。こんな、果てしないススキ野は、みたことがない。

幅十数メートルの川が線路に近づいたり離れたりして蛇行している。川面は鈍色に光っている。流れはほとんどないのではないか。川ではなく、クリークなのかもしれない。ところどころにくすんだ色の橋がかかっている。人影はない。

薄曇りだというのに、ススキの穂先だけが光っている。ススキは川縁から川の中にまで広がり、車窓のそばは白い馬たちがなびかせるたてがみのように、揺れている。その音は列車の音にかき消され聴こえないが、池内の耳には聴こえるような気がする。ざざざ、ざざざ、ざざざ・・。たてがみが銀色に光る流線となる。

このススキ野はいつまで続くのだろう。

「きれいね・・」

 小夜子が、窓の外を見ながらつぶやいた。それから再び小鳥のようにしゃべり始める。他愛のないさえづりである。ともだちのこととか、おいしいもののこととか・・。さえずりがふと止むと、ススキ野を見やっての、「きれいね」という言葉が入る。そして、またさえずりが。

午后三時を過ぎた。地平線のあたりにわずかな翳が差し始めている。あと少しすれば、日が落ちるのではないか。大陸の夕日はつるべ落としであろう。すると、ススキも闇に没して見えなくなる。

小夜子の唇から言葉がこぼれた。

「このススキ、ずっと続いていると、いいのに・・・」

 広大なこの国に来たいと言いだしたのは、彼女だった。池内はあまり気が進まなかったが、応じた。三十近いというのに、いつまでも少女っぽいところの抜けぬ女だ。それがいい、と言う男たちもいる。

このススキが尽きたら、告げようと思っている。あるいは、そっと姿を消すか。

だが、銀色のたてがみをなびかせた馬たちは、疾走を続けている。ざざざ、ざざざ、ざざざ・・。

線路が低地に入ったのか、ススキが急に大きくなり、視界をさえぎった。小夜子が目を車窓から離し、池内の方を見上げて微笑んだ。だが、池内は、ススキの奥に目をこらしている。

風になぎ倒されたたてがみの向こうに、木立が見える。樺の木立である。木立の蔭に、木造の家並みがある。そろそろ小さな駅に着く頃だ。そうすると、馬たちの疾走も終わり、ススキ野は樺林に変わる。

池内は立ち上がった。どうしたの、というように小夜子は見上げた。何も疑ってはいない表情だ。

「トイレ」

 列車のブレーキが悲鳴を上げ、やがてゆっくりと停車した。

トイレを済ませて、デッキに出ると、七、八歳の女の子が花束を持って立っていた。列車の中にまで入り込んできたのだ。

こんな季節、こんな場所にも、こんなきれいな花が咲く。薄紫の花である。

女の子は微笑んでいる。何という素朴で愛くるしい笑みだ。採れたてのトマトのような笑みである。

思わず尋ねてしまった。「いくら?」

この国の言葉で、少女は値段を告げた。安い。もう買うしかない。財布から札を出したら、つりがない、と言う。こちらには、こまかいカネの持ち合わせがない。

すると、女の子は待ってという仕草をして、デッキを降り、走り去った。札を受け取った代りに、池内の手に紫色の花を残して。

時間が過ぎた。もう女の子は戻ってこまいと思ったら、釣り銭を用意して駆け戻ってきた。素朴で愛くるしい、採れたてのトマトのような笑みと一緒に。

女の子は去り、紫色の花が手に残り、池内を乗せた列車は再び走り始めてしまった。

花束は空席の上にある網棚に載せて、もとの席に戻った。

小夜子は、待ちかねていたように、また小鳥のようにさえづり始めた。

樺林を過ぎると、再び銀色のススキ野が現れた。疾走する銀色の馬たち。ざざざ、ざざざ、ざざざ・・。

池内は黙りこくって、窓の外のススキ野を見やっている。ススキの白い穂先に、前よりも濃く夕暮れの気配が迫っている。